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遠州人の靴はつま先から擦り減るといわれる。前のめりにせっかちに動き回るからで、進取の気風といえば聞こえがいいが、古いもの全てをぶち壊し、なんでもかんでも新しいものに置き換えていく、故郷浜松のやり方が私は大嫌いだった。朝令暮改よろしく、街並みが新しくなったかと思えばまた新しい建設が始まっている。結果、幼時慣れ親しんだ風景から歴史ある寺社仏閣まで、アップテンポで味気なく置き換わっていき、想い出はどこにも残っていない。浜松は、いわばなんでも捨ててきた街だ。そんなドライには生きられない私には、もし浜松に実家がなかったら、と思う。日本に対する見方も少しは違っていただろうし、日本を逃げ出したくなるまで至らなかったかも知れない。
![]() 古いものを探し続けるのも、そんな私が失った原点探しなのかも知れぬ。この「ウォッチマニアの成れの果て」シリーズで再三触れてきている静岡県水窪の廃業した時計店で、このオールドタイムピースを見つけたときには感嘆した。小さいので婦人物かと思ったが、紳士物で昔はこんなサイズをしていたのだという。なんと奥床しいのだろう。短パンに上半身裸で暮らすミンドロでは、そぐわないというかほとんど無用の長物だ。戦中もしくは戦前の1930〜1940年代製と思われるが、トノー型ケースはなんとステンレススチール製。陶製であろうダイアルには、凝ったデザインハンドがきっちりと伸びる。ブランドを見ると、Badenという聞いたこともない名のうえに、なんとCHRONOMETERとあるではないか。 CHRONOMETERとは、厳しい精度審査をパスした選ばれた腕時計だけに与えられる称号だ。だがこの機械が作られた当時は、みんな名乗っていたとのことだ。大らかな時代だったということか? 裏蓋を開けると凄いシンプルなムーブメントが収まっていたが、国産かスイス製か(はたまたドイツ製?)かは判然としなかった。レストアのために浜松の繁華街の時計店に持ち込むと、油が凝固していて機械を分解できぬので修理不能といわれた。しかし私は、まだなんとかなるのではと思っていたので、同じ浜松でも場末の時計店で訊ねたところ「やってみる」とのことだった。 ![]() いったい私は、その時計店の親爺さんとのやりとりを忘れることができない。たまに「砂山の時計屋ですが、、、」と電話がかかってくる、自分の名前さえ名乗らず、また私自身も名前を知っていたかさえ定かでないのだが、腕と心ある職人さんで、いくつもの腕時計を安価な料金でいくつも面倒見てもらった。で、そんなある日、足を運んでみると「できましたよ」というではないか。見ると、文字盤もきれいになって(一部分が剥離して接着してあったが)、確かに動いている。おおお、この感動といったら無い。息を吹き返させるって、うれしいことだ。確か、竜頭はこのとき付けてもらったのではないかと思う。 聞いてみると、なんでも、油が固着した機械を柔らかい油の中に浸けておいて分解できたのだそうだ。親爺さんはそれでも、ダイアルの一部を剥離させたことを悔やんでいて「お湯で機械を温めてやれば大丈夫だった、なんで最初から気づかなかったのかなァ」と呟いていた。こういう姿勢が、本当の職人なのだと思う。できる、と思ったら、できぬことなどない、と気づかせてくれた。親爺さんあっての、このBadenだ。ニンゲンが作ったのだから、ニンゲンが直せぬ筈ない、ということだ。親爺さん、元気でいらっしゃるだろうか? 一日5分位遅れてしまうのだが、これは昔の精度がそんなもんだったのだそうだ。で、まさにオールドジェントルマン風に大らかな気分でいこうと、スーツに合わせ浜松市役所での記念誌のプレゼに出かけたところ、なんと、ベルトから外れコンクリートの床に落ちてしまった。でも、機械はへっちゃら。後にバネ棒を新調したらそういうことはなくなったのでバネ棒も年代物だったのだ。今どきこのちっちゃな紳士腕時計にフィットするベルトはなく、やっと捜した一品も婦人物、手首の細い私でもやっと嵌められるサイズだ。でも、たまにすると、一言居士の田舎紳士らしくて、いいんじゃない? ![]() Above photos: copyright © 2009 P. G. W. All rights reserved. テーマ:腕時計 - ジャンル:ファッション・ブランド |
![]() 1990年代後半、勤めていた会社から携帯が支給されるようになるに至り、その内蔵時計で時間を知ることができるようになり、私にとってウィークデイに腕時計は無ければ無いで済むようになっていた。しかし、その頃、腕時計は私にとって単に時を知る以上の存在になっていたから、身に着けぬ訳にはいかなかった。いままで紹介してきた国産腕時計と同じく、静岡県水窪の廃業した時計店から譲り受けたこの手巻きのオリエントは、そうした私のお眼鏡に適うものだった。 ![]() 最初目にしたときは、国産にもこんな個性的なデザインウォッチがあったのかと驚いたが、後にこれとそっくりのデザインを、宝飾時計で有名なスイスのジュベニアの時計に見つけた。オリエントさんには申し訳ないが、この時計が生まれた1950〜60年代の時代背景を考えても、オリエント側が真似たのではないかと思う。いずれにしても、当時セイコーやシチズンが踏み込めなかったファッションの領域に果敢に挑んだ、先駆者であったことは確かだ。日本国内では業界3位の地位を崩せぬため、積極的に海外に打って出たためといわれる。 ![]() Above photos: copyright © 2009 P. G. W. All rights reserved. この時計の名前を調べると、スターかジュピターではないかと思われるが、ダイアルには★ORIENT★とあるだけだ。★があるから、あるいはスターか? とすると、1950年代前半に造られた可能性もある。もっこり盛り上がった初期的なスナップバックながら、上側と下側を張り合せた凝ったケース構造となっている。19石、ANTISHOCKと機構的にも立派だが、日差−1分位まで遅れるようになり、一度、オリジナルと思われる竜頭がもげて修理してからは、この熱帯で使うのはなんだか忍びなく仕舞ったままだった。 テーマ:腕時計 - ジャンル:ファッション・ブランド |
![]() 先進国で普通に生きる人々を「蟻とキリギリス」に例えれば、間違いなくキリギリスということになるだろう。これは、後進国に住んでいるからこそ実感できるのかも知れない。蟻は生命を存続させるために非常に勤勉だといわれる。雨が降るとその度に、食料やら卵やらを抱えて一族郎党で新しい住処に移動するらしい。熱帯で生命活動が盛んなフィリピンでは日常茶飯の光景だ。定住地を持たぬ昆虫らしいといえば昆虫らしいが、その一見無駄に見えるようないつもせわしなく動き回っている姿が、私には後進国の人々の姿とダブって映る。えっ?怠惰で楽して生きようとするフィリピン人は、むしろキリギリスじゃないかという方が多いだろうが、広い意味でのインフラが整っていないから、先進国ではボタン一つ押せば済むような作業もとんでもなく数多くのステップを踏まねばならぬ。それでいつも動き回って、足と手を使わねば事は成し遂げられないのだ。ま、なんでも手作業というか、マニュアルで物事を行うアナログの世界に例えられる。なんでもオートマティックに処理が施されてしまう、デジタルの世界とは大きな違いがある。 ![]() この国でも、それでも段々デジタル化は進んでいて、感覚的には江戸時代の風土にコンピュータの波が押し寄せているようなミスマッチ感があるが、まだまだ「闇」を闇として認識できる原始的環境であって、想像力が大いに幅を効かせている。行間が多大というか、1+1が2ではなくて、3にも4にも、はたまた0にも-1にもなりうる世界なのだ。あまりに社会制度的にもプロダクツのメカニズム的にも、完成された中で生活していると、いつも0と1(デジタルのあり方)でしか物事を見れなくなってくる。○○ですか? ○○です。○○ではありません、といわれると、もうそれで全て終わりのようなコミュニケーションのあり方。今日の製品メーカーに共通しているかのような、細かい修理なんて施さず一部が壊れたら丸ごと取っ替えちゃえ、との姿勢はデジタル思考そのものといえる。世の中そんなに単純じゃないのに、いつも割り切って見ていかねばならない。結果的に、ストレスというか、そんなんでいいのかなという鬱屈が積もりに積もる。日本に暮らしていたとき、そんなストレスを慰めてくれたのがアナログウォッチだった。うじゃうじゃと蟻が大量の群れで動いているのを見ていると、気持ちは悪いがなぜかほっとする。機械式腕時計の秒針の動きを眺めると、それと共通する安堵感がある。 ![]() このシチズン手巻きアラームも静岡県水窪の廃業した時計店から譲り受けたもので、いままであまり使用することもなかったのだが、改めて身に着けてダイアルに小さなしかし奇妙なマークがあることに気づいた。調べてみるとこれは「4H」で、時針、分針、秒針に加えて、アラーム時刻をセットする針の4 HANDSを表しているのだそうだ。なんと奥床しい主張だろうか。ちっとも気づかなかった。1950年代末に上市されたシチズン・アラームは私が生まれた1961年頃この後期型4Hタイプに替わり、60年代後半まで製造が続けられたというからロングヒットモデルだったのに、技術者の思いや良心が凝縮されているかのようだ。いまどき、針が4つあると腕時計を誇ることなどあり得ないが、4Hのマークには腕時計にアラームがあることで広がる世界、というか多くの行間が読み取れ、技術者の豊かな想像力を汲み取ることができる。なんというか、デジタル的発想では、針が4本あるんですといったところで、ああそうですか、それがどうしたんですか?と返ってくるところだろう。もっと凄いことを求めるがために、何が凄いのか考えることができなくなっている。 ![]() ムーヴメントの手巻き用竜頭とは別にアラーム用の竜頭があって、ゼンマイをいっぱいに巻き上げ、一段引っ張ってアラームを鳴らしたい時刻に針をセットする。引っ張りあげたままにしておかぬと鳴らぬので、身に着けておいて鳴らすには少し無理がある。クォーツ前夜で目覚まし時計もままならない当時、出張に出かけたり親戚の家に泊まったりした際、枕元に置いて大変重宝したのではないか? いまではそんな親戚付き合いもすっかり廃れてしまった。時刻が来ると、合わせた時間ピッタリではなくて15分位前に鳴り出すのがご愛嬌だ。ジーッと油蝉の鳴き声のような音が、穴の空いたステンレスバックに共鳴する。因みに、ムーヴメント用竜頭はオリジナルだが、アラーム用はレストアした際ちょうどあったセイコーのSマーク付のものだ。むかしは、時代が合えばメーカーが違っても互換性があったものなのだろうか。風防もオリジナルではなく、たまたまお店にあった、少しでっぷりした厚みのあるものがあてがわれている。ま、そんなものだろう、といったところだ。せっかくオーバーホールしても、どうしても日差+1分位と正確とはいえず、観賞用の域を出ていないのだから致し方ない。 ![]() All the photos above: copyright © 2009 P. G. W. All rights reserved. テーマ:腕時計 - ジャンル:ファッション・ブランド |
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