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さよなら日本。
日本に背を向けて生きてきたけれど、育ててくれた祖国とはどこかでつながっていて、まだ期待している自分があった。4年4か月続けたこのブログと、そののち1年1か月ほどのブランクは、日本人に対する長いお別れだった。白日の闇に生きている日本人が、まったく理解できない。正直者が報われない社会は、僕にとって、もはや日本ではない。僕は日本語を話せるに過ぎない。妻にいわせると、僕はもう、50%日本人、50%フィリピン人だそうだ。さよなら日本。旧人類の魂の葛藤の全軌跡を、有料版でお届けすることにする。
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【2012/07/19 02:13】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
フェイクと向き合って、生きていく。
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バンクーバーから家財道具一式を携えて、マニラ空港に降り立ったのは、2005年7月1日のことだった。あれからもう、6年になろうとしている。この家に移り住んだのも7月1日で、こんどで丸2年になる。その間、いちども日本には帰っていない。初めて来たマニラはあまりにもみすぼらしくて、初めて買った玩具のようなデジタルカメラで、何を撮ったらいいのか途方に暮れていた。

マカティの線路脇で買った、観葉植物が雨に打たれているのを撮ったとき、網膜を直接刺激するような描写の中に、日陰で怪しげに輝いている、病的な妖艶さを見た。それは何かマニラを象徴しているようにも思えた。鮮明であるがために、安物のデジタルの絵は、すぐに飽きが来てしまう。フェイクには、フェイクらしい画像処理の味付けが必要だ。そうでないと、記憶を風化させずに思いを留めておくことはできない。


フェイスブックのフェイクブック化に問いを投げかけて、もう1週間になろうとしているが、いまだに何のレスポンスもない。それどころか、フェイスブックにおいて、偽名を使っている日本人に直接コンタクトしているのに、返事さえもらえていない。私は、初めてマニラに降り立ったときとは全く違った意味で、途方に暮れている。


私は、いまでも憶えている。当時PRAのJapan DeskだったS氏は、最初から田舎に住みたかった私に、仕事の面倒を見るし、必ず仕事が得られるから、当面はマニラに住みなさいといった。結局私は、何の仕事も得られず、それどころか都市生活に散財せざるを得ず、挙げ句はエンペラドールの飲み過ぎで、肝臓を壊して入院した。氏は、ティーンエイジャーがトップレスで踊る酒場に私を誘うだけであった。

街角で幼い少女を見ると、しきりに「いい女だなぁ」と呟いていた。あるときは、「以前抱いた女が亭主といっしょにやって来て、お金が必要なのでまた抱いてやってくれ、といわれた。この国では、女を抱くのも人助けなんですよ」。一方で、フィリピン人を轢き殺したら黙って逃げろ、と公言した。煙草の投げ捨てができない私に、「遠藤さんはまだこの国に慣れていないですねぇ」といった。

回り道せずに田舎からフィリピン生活をスタートできていれば、百万円以上はセーブできていたし、また、より良く本当のフィリピンを知ることができていただろう。プエルトガレラに引っ越してからは、ブログを通じて、大勢の日本人に助けられているかのように思えた。

だが、訳のわからないできごとも多かった。ある日本人旅行者の同伴者のフィリピン女性が、私に猛ラッシュをかけて結婚寸前まで行ったが、一事が万事嘘で塗り固められているとしか思えなかったので止めた。その後、いろいろな方面に当たり、妻とインターネットのサイトで知り合い、同棲を始めた。

カラパン在住のNさんは10年以上住んでいるとのことで、今後もお付き合いしていけるかと喜んだが、奥様が「もう排出した?」と意味不明な(いわんとすることは明確だが)テキストメッセージを、私の携帯に送ってきた。Nさんはご自身では携帯を持たず、奥様まかせのゆえ、直接コンタクト取ることもできず、そのままになっている(そのメッセージはいまでも携帯に保管してある)。

マカティのF旅行社のIさんには、プエルトガレラへの送客でお世話になっていたが、「視察に行きます、行きます」と耳にタコができるほどいわれ続けて一向に現れない。私たちの結婚式に参加したい旨メールを頂戴したが、そんな経緯から、私には狼少年の言動としか受け取ることができなかった。Iさんには「遠藤さんのような真面目な方が、プエルトガレラのようなところで旅行エージェントをやっていくのは大変ですね」といわれた。

結婚のときは、長野のTさん他からご祝儀を頂戴していたが、Tさんのフィリピンの恋人Fさんにお会いして受け取ると、すでに開封されペソに換金されていて、著しく少量だけが封筒に残っていた(Tさんが封筒に日本語で金額を明記してあったことからそれはわかった)。妻も私も、その事実を知って、ただただ驚いた。Fさんと妻は、いまだにコンタクトを取り合っている。

結婚を機に隣町サンチェドロに引っ越してからは、客がめっきり減った。定年を迎えんとしていた東京のTさんには、フィリピンで伴侶を求めていたことから、不肖私もサンチェドロでご紹介しようとした。ところが、Tさんは、私が明かした情報から、私を飛び越えて勝手に会いに行ってしまった。亭主がいるGROの家族を支援しようとしていたことから生じた話だ。

お金をばら巻いているように見えたので「経済格差を利用しているだけでは、日本人はフィリピンを利用しているだけ。フィリピン人や発展途上国の人々の犠牲の上に、今の日本の繁栄は成り立っている」と具申すると、その経済格差っていうのは先進国の人が大げさにいっているだけだという。「それでは、この国で働いている労働者に日本と同じだけの賃金をあげられますか?」と申しあげると、黙ってしまった。


フィリピンが貧乏なのは、低賃金を利用する先進国企業が、その経済格差を手放したくないからだ。それは企業だけでなく、個人にも当てはまる。フェイクの国、フィリピンに来て、自らもフェイクと化していく日本人がいる。このブログが対象としているのは、日本人、及び日本人と関係しているフィリピン人だが、私は、自分の都合で人を利用し、日本人としての優位な立場を守っていく関係性に自信が持てない。

長くなったが、このブログは、当面休止する。2007年2月から足掛け4年と4か月、これまで応援してくださった皆様には心より御礼申しあげる。私が、妻やその回りにいる人たちへ対すると同じくらい、日本人への信頼を回復してきたら、またこのブログを再開しようと思う。果たしてその日が来るのか、来ないのか? それは、「顔のないあなた」にしかわからない。

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

【2011/06/14 15:06】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
フェイスブックでなぜ偽名を使うのか? 教えて欲しい。
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ブロマガって何?
【2011/06/08 12:03】 | 未分類 | page top↑
これも、無用の用というのだろうか?
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ブロマガって何?
【2010/08/09 13:24】 | 未分類 | page top↑
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