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![]() ゴールデンウィークを迎えた日本の皆さんやマニラ圏の日本人の方に、最高のシーズンを迎えたプエルトガレラをレポートしたいのは山々なのですが、このところ原発事故関連のニュースから目が離せない状況です。日本共産党は、27日の衆院経済産業委員会で明確に「炉心溶融に至った」と言及して、原子力安全・保安院もこれを否定しなかった模様。ネットゲリラさんでは浜岡原発廃止キャンペーンをはじめておられますが、いま、浜岡原発停止を求めるメールを送る動きが紹介されています。私も、ノンポリの学生でしたが、26年前に「平和と戦争に関する考察」と題した卒論を書いた頃から原発には反対でした。「電力会社とか原子力というのが、自民党というか、戦後の社会体制を支える原動力となって来たのは確か」(ネットゲリラより)。浜岡原発を廃止に追い込むことにより、他の21箇所の原子力発電所に波及するとともに、歯止めなき戦後日本のマテリアリズム社会に修正が加えられていくに違いありません。さあ、いっしょに、細野豪志氏http://goshi.org/contact/にメールを送りましょう。 補足: 浜岡原子力発電所は、世界中でいちばん危険な原発といわれています。以下、2日前の中日新聞の社説を転載させていただきます。全国規模のマスメディアが、その利害関係から、福島の事故を客観的かつ公正に報道できていない中、中日新聞という、地域社会で中部電力と密接な関係を持つメディアが、こうもはっきり意見を述べている事実を見逃さないでください。実は私は、東京新聞の合併から中日新聞の地方記者となった父を持ち、合併組で冷飯食わされたことから「ちゅうぶるにっぽんしんぶん」などと揶揄していました。が、浜名湖のアサリが赤潮でやられたとき、他紙が軒並み暴露した中で、実害に値しないのだからパニックを避けて漁民を守って、あえて報道しなかったのを見て喝采していました。そういう、保守的で、温情的な中日新聞が、産業界を向こうに回してまで(中電は3号機の稼働を夏前に始める旨)断言しているのです。
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以上、YAHOO!JAPAN ニュース・NEWS ポストセブンから転載。この話を妻にすると、「日本では老人は見放されているのね。ケアギバーとして災害地で働いているフィリピーナがいるんだけど、彼女たちに、家族やフィリピン政府が危険だからフィリピンに帰れ、といっても帰って来ないの。どうしてなのかわからなかったけど、その話でわかったわ。彼女たちが去ってしまったら、誰も面倒を見るひとがいなくなっちゃうことが、彼女たちわかってるからなんだわ」、、、。自分の命を犠牲にしてまでも人を助けたいフィリピン人、他人の痛みを感じとれなくなってしまった日本人。モノに囲まれ自己満足だけを追求する人たちと、なにもないからこそ、心が豊かになる人たちの違いです。フィリピンは、少なくとも、弱者切り捨ての社会ではないし、今後もそうはならないに違いありません。 |
以上、「ネットゲリラ」から抜粋、転載させていただきました。まったく同感です。私も浜松で生まれ、榛原郡吉田町で駿河湾を見て育ちましたからね。ダムの乱立、および結局意味がなかった杉の植林で、山を含んだ生態系がすっかり変わってしまいました。天竜川も、大井川も、河口は海に向かって左に曲がっていて、右に向くことが有り得ないのはダムの影響だと、北遠の住民がいっていました。山の人は、自然を知ってますね。山が壊れると、海も壊れるんですよ。私の遠州の原風景は、どこにも残っていません。バブル前夜の80年代前半は、かろうじてそういう自然が残っていた、最後の頃でした。これ以上壊れた日本なんて、見たくありません。 ![]() ※80年代前半の浜岡砂丘。「原点―僕の街へ Starting point : looking for my town」掲載分より。 |










































