アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding]
   海外挙式や穴場保養地に、フィリピンの著名なリゾート地プエルトガレラから現地情報。世界で最も美しい湾の一つは異次元の空気感、何もなくてもハッピーです。
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プロフィール

Tetsuya Endo (Ted)

Author:Tetsuya Endo (Ted)
1961年、静岡県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒。
日本デザインセンター、東京グラフィックデザイナーズをはじめ広告企画制作業界でコピーライター、後クリエーティブディレクターとして15年以上務めるも、売れども売れども、買えども買えども満たされず。カメラを手にカナダ横断を往復するドライブで「アジアの日本人」である以外何者でもないアイデンティティを悟るとフィリピンに移住。トロピカルリゾート地プエルトガレラで、サステイナブルエコノミーを目指しEconomy & Ecology, ECOH!をスローガンに、新しいビジネスに挑戦中。日本にいちばん近く安い、海外ウェディングのメッカをつくろう。個人・グループのお客様にマニラからのトランスポーテーション手配、マニラ・プエルトガレラの宿泊手配をします。また、写真撮影も行います。平行して、フォト&ノンフィクション"Transition Japan""A Man Goes to North"等を上市できる出版社を探しています。

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タイムスパンを3年に区切って(3年で事業として目処が立たぬなら撤退)活動しています。人をタダ働きさせたうえ情報だけ盗む、義理人情のない非人間的行動はお慎みください。自分本位な方が来ても日本人の評判を貶めるだけです

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 フィリピンの愚の骨頂と、フィリピンの賢の骨頂。
フィリピン人はないものに憧れこの熱帯にも温帯寒帯と同じ施設を設けようとするが、かえって外国人がそこにあるものを活用する術と価値をフィリピンから身につけつつある。それってECOH!

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マカティのマーケットマーケット(2005年撮影)

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マラパスクア島のホワイトサンドバンガローズ(2005年撮影)

Above photos: copyright © 2008 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:南の島 - ジャンル:海外情報

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(2008/07/26(土) 20:37)

 マテリアリズム(ものづくりの極み)と共同体の崩壊の関係。
面白い記事を見つけた。「【溶けゆく日本人】ご近所よりネット 人間関係の不全」というものだ。家や共同体(国)の繁栄を目的とした伝統的価値観が崩壊した日本では、自分さえよければいい発想となり、自分にとって心地よい「自己愛の充足」だけを図ろうとするというのである。「自己愛の充足」に欠かせぬのが「モノ」であろう。これと対極にあるのがフィリピンといえる。個人は家や一族郎党あるいは地域共同体にがんじがらめになり、むしろその人間関係のなかに歓びを見いだしている。最も、そういうなかでもマテリアリズムは進んでおり、その場合面白いことに個人主義に走ってしまう日本人と違って、フィリピン人は一族郎党単位でエゴイスティックになっていくのであるが。先の大戦のフィリピンが舞台である、大岡昇平氏の「俘虜記」を読んで思ったのは、日本人はもともと強欲なのではないか、ということだった。食欲・性欲・睡眠欲いずれにおいても自己の強い欲望を遂げようとする。その活力は戦後においても経済活動という形で続いているのだ。かつては国家や共同体という歯止めがあったために、その「強欲」ぶりが抑制され(あまりに抑制されるとそれは戦時中強姦や虐殺という反転となって現れ)たのだが、現在は、適切な例えではないかも知れぬが、どこにいってもセブンイレブンがあるかのように錯覚しまるで幼児のような万能感で振舞っているように思う。フィリピンではリタイアメントビザ(永住ビザ)を取って老後を過ごされている方も多い訳だが、日本社会全体から共同体意識が希薄になっていたのに加え、会社組織という歯止めもなくなってしまって、まさに自己の欲望だけを手に入れようとしている方をまま見かける。三つ子の魂百までというが、幼い頃から習い性となっているのか、狭い了見で己の繁栄だけを画策し他人の失敗をざまあみやがれと喜ぶ「島国根性」を異国まで持ち込んでしまっている(これがよく外国で問題になる日本人コミュニティの希薄さの原因か?)。弱輩者が申し訳ないが、自分に得になるか損になるかだけで「義理や人情」を忘れているようでは、フィリピン人はおろか日本人同朋との付き合いもうまくいく筈がない。申し訳ないが、そういう方たちはすべからく製品という製品の質にうるさく、「ものづくり」を諸手を挙げて讃歌し、今日の日本の製造業を築いてきた張本人たちなのだ。いったい、カナダでもいろんな民族に遇ったが、どういうわけかアジアの諸民族が飛び抜けてモノへの執着が強かった。それは自戒を込めていうが、己に欠落するところを何かに仮託しようとし、その欲求を抑えられない点であたかも猿のようであった。亡き祖父が、「いいか、人という字は一人が一人を支えてできている。人間とは人の間と書く」といっていたことを思い出す。
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(2007/09/08(土) 12:36)

 アエタ族との出逢いから確かだったこと。(再録)
昨日2007年9月2日投稿した「地元でのエコビジネス推進の取り組み〜Villa Malasinboより」に関連して、フィリピンの将来を考えるうえで大切な基礎知識になると思われたので、5月14日にYahoo!セカンドライフに掲載した記事を以下に転載しておきます。



パンパンガ州のサンフェルナンドでアエタ族等の学校の教師等を対象とした先住民族のセミナーに参加したのは去年の4月のことだった。たまたまeBayで知り合った華僑系フィリピーノが、セミナーのスポンサーであるEVAチャリティーファンデーションのメンバーだったことから、フィリピンをよく知りたいと思っていた私は自費で参加したのだった。フィリピンに何か役立つことをしながらビジネスをするため、そのころ私はフィリピンでもっとも古い民族のひとつアエタ族の人たちとともに美術館・博物館をつくり外貨獲得のための観光資源にできないかと考えていた。カナダでの経験から、最も古い住人をないがしろにして幸せなどありえない思いがあった。

パラワン島での経験からフィリピンは先住民に人権を与えておりカナダよりましだったが、浅い知識で彼らのアイデンティティであった焼畑農業を全面禁止としていた。それでもプエルトプリンセサで開かれた先住民族の祭典ではタグバヌア族のある首長から「この踊りは神聖なもので写真を撮ってはいけない」と制された。民族の威厳を保っていたのである。キリスト教の影響を受けながらもまだ自らの信仰を保っていた。フィリピンの最古民族のひとつであるバタクスは竹の床を踏みならす踊りを披露してくれたが、残念ながら彼らをビジネスに結びつけるにはパラワン島はあまりに不便な地であった。そこでマニラから近いところで次に目をつけたのがピナトゥボ火山の被災で国際的に有名になったアエタ族であった。(民族については嶋崎賢司氏のHP「世界民族博覧会」にて参照。)

アエタ族についてはオロンガポのShachiさんのHP「カントリーライフインフィリピン」で現状報告を読ませていただいていたが、 "Traditional Tribal Origin Ethnic Education Schools - The Next Step"と題されたセミナーに参加して私は驚きの連続だった。主催はREGION3 REGIONAL OFFICE, NATIONAL COMMISION ON INDIGENOUS PEOPLES, OFFICE OF THE PRESIDENT, Republic of the Philippines。REGION3とはパンパンガ州中心にセントラルルソン6州のことだ。参加者は土着民族を指導するタガログ族等低地民の教師たちかと思っていたが教師たちは土着民族そのものであった。女性が圧倒的に多い。アエタ族だけでなくイフガオ出身者もいて少数民族の混成だ。主催者側も少数民族出身者が多かった。

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冷房ががんがんに効いた大きな部屋で参加者は皆マニラから来ましたというような垢抜けた格好をして正面を向いて座っている。と、EVAチャリティーファンデーション関係者が拍手で迎えられ演台付近に席を取った。EVAチャリティーファンデーションはアエタ族支援に特化したNGOである。大統領直属の委員会のイベントが、実質的にはスポンサーであるEVAチャリティーファンデーションに仕切られそれ中心に動いていた。セミナーの主役は主催者やその裏方ではない筈だが、マカティのマスウェディングやプエルトガレラでのイラヤ族の日フェスティバルでも主催者のセレブリティが拍手を受けてステージの中央にどんと居座り、「人間様の名を売る」フィリピンカトリックの文化では当たり前らしい。街道で土下座した封建時代の参勤交代の大名行列をも思わせ、いまだに奇異に見えて仕方がない。

外部から招かれた錚々たる人々がレクチャーする。先住民の言語を教授しているのはSummer Institute of Linguistics (SIL)という米国のグローバルNGOで50年来フィリピンDepartment of Educationの委託組織。SILは70年前にキリスト教信仰を元に設立されたボランティアで、各キリスト教会とともに働いており資金も流れている筈だ。NATIONAL COMMISSION FOR CULTURE & THE ARTS(これも大統領直属)等フィリピン政府サイドからのレクチャーは、「いかにして融資を申請して獲得するか?」の具体的手練手管の伝授に終始した。異なるキリスト教会同士からの話もあったが、なにより驚いたのはセミナーの節目節目でキリストへの祈りを強要されていて、しかも土着信仰を持っている彼らが胸に手を当て苦もなくバイブルを唱和していたのだ。

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All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

EVAチャリティーファンデーション代表の英国人女性に「土着文化は固有の信仰と表裏一体だ。彼らの尊厳と自立を助けるなら宗教と切り離して援助活動すべきではないか?」と話したら賛同していた。しかし英国人特有の政治的発言だろう。英国大使館からの来賓がJapan Foundationというのもあると話していたが、もしキリスト教会からの資金援助が得られなかったらこういう先住民の援助活動自体成り立たないだろう。これはフィリピンに限ったことではない。欧米諸国は昔からミショナリーとビジネスマンをワンセットにして他国のマーケットに入り込んできたといわれるが、この話はフィリピンでもよく耳にする。宣教師がやって来てしばらくするとビジネスマンがやって来る。最近は韓国人宣教師も増えていて、宣教師自身がすぐにビジネスをはじめる場合もあるようだ。

3 日間のセミナーの最終日には部族の踊り等を披露するカルチュラルプレゼンテーションがあって、そのための練習が会場外で行われていたが、驚くことに件の英国人女性を称えるにわか作りした歌や踊りが大半だった。部族たちはブランドバッグを手にし、腕には流行のデカ厚腕時計がはめられ、フィリピン人では珍しいことになぜか眼鏡をしている者が多かった。もはや少数民族であることが商売であるといって過言でないだろう。実際のパフォーマンスとなると、男性陣は伝統的な衣装である褌姿を異様に恥ずかしがった。いったい何のための支援なのか?

セミナーでは、ボランティア団体を主催しながらベンツを乗り回して村々を回るその英国人女性の姿が紹介されていた。彼女はまるで村々でのスターであった。 NATIONAL COMMISSIONS ON INDIGENOUS PEOPLESからREGEON3以外に受持ち地域を変更してくれと要請されたそうだが断り続けているという。アエタ族を愛しているのだろうか? だが部族の文化については何も知らず、あたかもペットに接するように接しているように私には見受けられた。ピナトゥボ火山の被災報道が資金集めに都合がよいからだと邪推もしたくなる。

キリスト教では施しは善とされボランティアは何をおいても尊ばれる。支配されること、もらうことに慣れたフィリピンの人々は、これを無条件に受け入れ「利用」してきた。その結果が「アイデンティティの喪失」と「他文化へ右へ倣え化」だ。わがミンドロ島のマンヤン族イラヤ部族においても同様である。だが、人々は神のペットではない。教育は最も大切なものに違いない。だが押しつけであってはならない。生徒から学ぼうという意志がない教師など何の役にも立たぬ。

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(2007/09/03(月) 10:00)

 地元でのエコビジネス推進の取り組み〜Villa Malasinboより
いまマニラ郊外や地方都市で次々とデパートSM(シューマート)やモール街、サブディビジョンと呼ばれるニュータウン住宅街が建設されオープンされていく様はまるで日本の10年前を見るかのようで、まったくアメリカや日本の後を追っているように見える。江戸か明治時代のような古風な価値風土にこのアメリカ化グローバリゼーションは奇異に映ってしまう。実際、まだ使える商品を次々捨てて新しいモノを買っていた日本での暮らしを話すと、日本のゴミ捨場よろしく御用済みになったクルマや何やかやを後生大事に使っているフィリピンの人々は私がいかに日本で馬鹿馬鹿しいと感じていたかをわかってもらえる。しかし彼らはまだそういう物質的成熟を経験していない。目の前にニンジンをぶら下げられれば食いつきたくなってしまうのが人情というものだろう。

マテリアリズムが行き着いた先にあるのは、邱永漢氏もYahoo!セカンドライフで指摘しているようにアメリカが率先している実体経済とはかけ離れた株価操作という架空世界だ。日本のバブル経済が土地の値段は絶対下がらぬ前提に立ったのと同じく、United States of Americaという強大な国家は絶対破たんせぬ前提に立っているにすぎない。昨今のサブプライムローンの破たんで株価や為替相場が大きく動いたように、しかし幻想はいつか必ず現実に直面する。バブルはいつか弾けるのである。マネーゲームで稼いだ金は所詮あぶく銭にすぎず、やがては水泡に帰する運命にあるのである。私は、額に汗して得た成果やまじめに頑張った働きは、あぶく銭とは異質の本当のお金だと信じている。なにも日本のモノヅクリを擁護するのではない。世界中を日本のゴミ箱化している日本のメーカーは(買いたくもないのに新車販売に「残価設定型ローン」相次ぎ導入している自動車業界などは特に)もっとまじめにやってもらいたい。

閑話休題。マテリアリズムに感化されているか否かは、フィリピンにおいてはまだまだ地方によってそうとう差があるように思われる。田舎に行けば行くほどモノを欲しがらない。食っていくには困らないし、精神的に満たされているからだ。マニラがいちばんマテリアリスティックだとすると、ここプエルトガレラはちょうどド田舎との中間くらいではないか。マテリアリズムが進むとあぶく銭で儲けようとする輩が増えるわけだが、プエルトガレラでは困ったことに楽して儲けたいフィリピン人気質(というより熱帯全般の気質か?)に観光地、流れ込む外国人と外資という要因もあいまって、あぶく銭商売したがる人が多い。そういう意味では、ここはマテリアリズムが進んだからあぶく銭商売が盛んになるのでなく、あぶく銭商売が盛んになるからマテリアリズムが進むのだといえる。というのは、フィリピン諸民族は基本的に「心」の人たちだからだ。

フィリピンの「心」の文化を物質至上に向けるのも環境保護に向けるのも、携わる外国人次第だと思ったのは、プエルトガレラのVilla Malasinbo(ヴィラマラシンボ)を訪れたときだ。いちど戦に負けただけでころっと魂を米国に売り渡してしまった日本人と違い、300年もスペインに統治されアメリカ、日本に支配されても魂を守り続けたフィリピン人だからちょっとやそっとのことでは動かない。しかしまた、決して自ら率先して動こうとしないのもフィリピン人だ。なかには奇特な外国人もいるもので、自らの資材を投じてマテリアリズムに替わるべきエコイズムの音頭をとっているのがD'Aboville Foundation & Demo Farmだった。

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D'Aboville氏はフランス人で、Villa Malasinboの研究施設を通じて美しいプエルトガレラにふさわしい地場産業育成を図っているのだった。ちなみに富豪であるD'Aboville氏は、2005年にフランスベースでユネスコをサポートする"Most Beautiful Bays in the World Club"にプエルトガレラ湾が「世界で最も美しい湾のひとつ」と指定されるため巨額を注ぎ込んだ。お金持ちはこうでなくちゃいけない。西欧では(というより少なくともキリスト教圏では)貧富に関わらずこういう慈善は当たり前のこととされるのだが、皮肉屋の東洋人としては氏がこのアクティビティをCRUSADE=十字軍と表現しているところは気になるところだ。

人間様がいちばん偉く、人間様に都合いいように事実を捩じ曲げようとするいわば自分中心主義のキリスト教に、万物相容れるECOの概念が符号するとも思われぬ。最もこれは、決して熱心とはいえぬ仏教徒である私が勝手にというか、自然に持つエコの解釈なのであるが。しかし、エコという言葉自体キリスト教を母体とする西洋から出ているのだから、私が造語した"ECOH!"という概念は人間様が心地良いように自然を調整するECOのあり方とは違うものかも知れぬ。まあ、結果的には似たようなところに帰着するのだが。思想や宗教なんてそんなものかも。

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Villa Malasinboで実際に研究・啓蒙活動を行っているのはフィリピン人のManuel Murillo氏だった。氏はマニラのフィリピン大学で研究生活を送った後、現在は当地のファームマネージャーを務めていて、地場産業育成のために3つの事業推進に取り組んでいた。ひとつが「オイスターマッシュルームの栽培」、もうひとつが「ネスレコーヒーの栽培」、そして「エクストラヴァージンココナツオイルの製造」である。このなかでオイスターマッシュルーム栽培に興味を持った隣家の日本人退職者A氏が呼びかけてこの日のセミナーとなったのだった。参加者は日本人2、チャイニーズフィリピーノ1、フィリピーノ3だったが、日本人が引き金になっているのが寂しい。聞けばこれまで積極的に取り組もうとしたローカル人は無かったようだ。

こういう新しいことにチャレンジしてみないかという話になるといつもフィリピン人は尻込みして手を出さない。その理由を彼らに糺すと決まって「資金がないから」という返事が返ってくるのだが、断じてそんな問題ではない。金がなくてもできることにもトライしようとしない。いつも安易な方に流れようとする。この抜本的な姿勢が解決されない限り、この国はいつまでたっても世界の一流国の仲間入りができないのではないかと思う。良きリーダーがなによりも求められるのである。

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フィリピンの人たちは日常生活であまり茸を食べないが、マニラ圏の飲食店や増加する外国人の需要があることから国内の都市需要に期待が持たれている。オイスターマッシュルーム自体は茸として高級な味というよりはそこそこの味なのだが、フィリピンでは稀少品であることからかなりいい値がつくそうである。プエルトガレラのフィリピン人たちも決まりきったフィリピン料理しか作りたがらぬが、このオースターマッシュルームが大量に栽培できるようになれば、他にも「リゾートの人たちが行くリゾート」で紹介したTatusのようにプエルトガレラ周辺でしか獲れない貴重な食材もあるのだから、プエルトガレラの名物料理としてサバンやホワイトビーチで売り出すことも十分可能だ。

オイスターマッシュルームの基質(酵素の作用を受けて化学反応を起こす物質)は、おがくず、米ぬか、ブラウンシュガー、農業石灰から作る。外側を覆うビニールが唯一の公害物質である。分解性のたとえばバナナの葉などを使うことはできないか訊ねたが、密閉性が得られないので駄目だとのこと。では廃プラスチックバッグ(スーパー等の袋)を再利用できないかと聞いたら、熱に耐えられないので無理とのことであった。事業化に当たって、Murillo氏は基質を作る人、栽培する人という風に分業制を図りたいようであったが、それは肝心要である埋込む「菌」がバイオテクノロジーを駆使してMurillo氏にしか作れないためでもあった。

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ところで、日本に住むひとに見逃せないのが、もうひとつの事業化モデル「エクストラヴァージンココナツオイルの製造」である。肌に塗っても食べても"ANTI AGING"の決めてとして、フィリピンではマッサージャーはもちろん特に富裕層のご婦人方には知れ渡っているエクストラヴァージンココナツオイルだが、日本にはまだまだその効能が知られていない。2005年愛知万博のフィリピンパビリオンでも紹介された(詳しい説明があるのでぜひご覧ください)が、マーケティングの問題かまだまだ普及しているとはいえない。唯一の問題は20℃以下になると固まってしまうことだが、これもパッケージをチューブ式にするとかの方法で、高級品に仕立てることは可能だ。「売り方」が定まっていないだけなのだ。私の出番である。事実、先日いらした客人が興味を持っていて、フランス人オーナーが戻り次第仕入れ値を連絡することになっている。

現在の名称は「マラシンボ(プエルトガレラを代表する近くの山の名前)エクストラヴァージンココナツオイル」というものでパッケージも極めて素朴なものだ。エクストラヴァージンココナツオイルの名声が確立したフィリピン国内では、販路さえ確立すればこのローカル色豊かなブランディングは功を奏すはずだ。というのも、オイスターマッシュルームでもエクストラヴァージンココナツオイルでも、政府が推奨するやり方とはひと味違うやり方を工夫していると自慢するだけあって、確かに品質は良いからだ。ふつう同オイルは独特の臭みがあるのだが、ここのは全然気にならない。Murillo氏によると、純度が高いのだそうだ。同オイルはフィリピン中どこでも作れるのだが、生産者の都合から必ずしも品質至上で作られていない。マスプロダクトベースに乗る量産も可能なので、ぜひ販売会社を見つけてマーケに絡んでみたい。ネームやパッケージに絡んだ売り方が勝負になる。日本ではもはやファッション商品となるだろう。

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さて、Villa Malasinboは文字通り宿泊施設も運営している。遠方にプエルトガレラ湾を望む斜面にD'Aboville氏の別荘があり、隣接して1階と2階に別れた貸し別荘がある。とはいえ、欧州的発想で月貸しでそれぞれ1か月7,000ペソだそうだ。上の写真は上階。自然の素材をふんだんに使い、家族や仲間とバカンスを楽しむにこれ以上の環境はないであろう。事実、先日もフランスからの若いグループ客がバックパックを背負って泊まりに来ていた。研究棟のMurillo氏は宿泊施設のマネージャーも兼任していて、彼らをデモ農園にも案内したであろうし、これぞ「エコツアー」というところであろう。日本の学生諸君もこういうところに来ていただきたい。

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All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

上の写真は下階の部屋。また、近くにはプールもある。部屋の写真の窓に女性が映り込んでしまっているが、何人かの女性が主が不在の間も常に別荘を手入れをしている。申し分ない環境だ。ビーチで楽しんだ後、緑に囲まれた山の環境で静寂の時を過ごすなんてなんて贅沢でしょう。ちょっとした貴族気分。フィリピンではこんなところどこにもないだろうし、世界でも稀なのでは? 私も、妻や子供がいればぜひ夏休みをいっしょに過ごしたいところです。ちなみに、Villa Malasinboでは写真の施設に加えて現在新たにゲストのための別荘を増設中。で、「ゲストハウスウェディング」や「ハウスウェディング」なんてのも人気な昨今、身内や親しい仲間だけを招いてワイワイガヤガヤしながらウェディングヴァケーションを過ごすのも粋かも知れません。
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(2007/09/02(日) 19:19)

 K氏への手紙。
日本と日本人を駄目にしたと私が思っている会社のひとつリクルートで、日本で生きるがために金を稼ぐフリーランスとしてリクナビNEXTの新規案件の仕事をいっしょにしたことがあったK氏に、次のような便りを書いたことがあった。

マニラに住んでいたときはストレスで飲み過ぎたのがたたって肝臓を壊したりしましたが、ここプエルトガレラに移ってからは毎晩飲んでますがまったく健康です。肥満の欧米人がよくいるんですが、ロスアンジェルスから来た巨漢のお金持ちは、ここに住んでいるだけでさまざまな持病が治ってくるといっていました。文明病ということです。

Kさんがおっしゃることは、よくわかる気がします。日本はお金を稼ぐにはいいところですよね。でも、なにか息抜きを見つけないと、、、。多くのひとは、それをお金を使うことで(モノを買うことで)見いだそうとしていますが、たぶんエンドレスではないでしょうか?

たまにここに来て、なにもしないをする、というのは悪くないと思います。じじつ、冬場の間だけ来ている日本人を見かけます。彼らは(なぜか男が多いんですが、ご夫婦の場合もあります)リタイアした方が多いですが、日本ではフリーター的生活を送っていている方もおられます。5万円位で往復チケットがあるし、ここでの生活費は一切合切含めて1か月5万円あればそうとう裕福な暮らしが送れるので、日本で暮らすより断然経済的です。

私的にはそのように暮らす日本人が、ここプエルトガレラでは増えてくるのではないかと思っています。歌舞伎町のような盛り場もありますし、私はそういうところへは行かないが、女には不自由しないようです。しかし、「なにもしないをする」といってもそういうことに関しては文化摩擦はあるのですが毎日がドラマですからね!



K氏は日本にいて悪に加担するしか金儲けできぬと嘆いていた。だが、金儲けできない貧乏人ばかりのフィリピン人のなかにあっても金だけをくすねようとする輩が多く、所詮金儲けは悪なのではないかと思う。悪いことをしなければ生きていけぬなら気持ちよく過ごしたいものだ。この穴場保養地プエルトガレラでは旅行者だけでなくそういう人々は増えてきている。

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(2007/04/19(木) 21:33)

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