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マニラはもうレインシーズンの気配。嗚呼、人間到る処青山あり。
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男兒立志出郷關

 男児志を立て郷関を出ず

學若無成不復還

 学もし成らずんば、また還らず

埋骨何期墳墓地

 骨をうずめるに、いずくんぞ墳墓の地を期せん

人間到処有青山

  人間到る処青山あり

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

【2011/05/31 19:21】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
5/29、行人の1歳の誕生日は、はからずも妻の実家で迎えることとなった。
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テーマ:成長の記録 - ジャンル:育児

【2011/05/30 08:58】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
日本の夏はそれでも陰翳であり、フィリピンの夏は、いってみれば飽和なのである。
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2002年9月東三河にて。

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2011年5月プエルトガレラにて。

テーマ:季節の風景 - ジャンル:写真

【2011/05/11 15:51】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
やりました!!! 私は、また日本が好きになりました。

菅首相、浜岡原発全原子炉の運転停止を要請
読売新聞 5月6日(金)19時13分配信


 菅首相は6日夜、首相官邸で記者会見し、中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)のすべての原子炉の運転停止を、海江田経済産業相を通じて中部電力に要請したと発表した。

 理由として、静岡県を中心とする東海地震の発生確率が今後30年間で87%に上ることを挙げ、「国民の安全と安心を考えた。重大な事故が発生した場合の日本社会全体の甚大な影響もあわせて考慮した」と説明した。

 浜岡原発は、4、5号機が稼働中。点検のため運転を停止中の3号機は、東日本大震災の影響で運転再開を延期していた。1、2号機は運転を終了している。首相は、浜岡原発が東海地震の震源域にあることを指摘した上で、「文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、これから30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している。防潮堤の設置など、中長期の対策を確実に実施する事が必要だ」と説明した。

 浜岡原発の運転停止で電力の供給に支障が生じる可能性も指摘されているが、首相は「政府としても最大限の対策を講じる。省電力、省エネルギーの工夫で必ず乗り越えていけると確信している」と強調し、「全国民の理解と協力があれば、夏場の電力需要に十分対応できる」と呼びかけた。

最終更新:5月6日(金)21時13分

テーマ:原発事故 - ジャンル:ニュース

【2011/05/06 21:53】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
たとえ便利でも、首が回らない世の中より、不自由ではあっても、祝福に満ちた日々を生きていたい。
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テーマ:生きる - ジャンル:ライフ

【2011/05/02 08:16】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
浜岡原発廃止を皮切りに、美しい日本を取り戻そう。
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ゴールデンウィークを迎えた日本の皆さんやマニラ圏の日本人の方に、最高のシーズンを迎えたプエルトガレラをレポートしたいのは山々なのですが、このところ原発事故関連のニュースから目が離せない状況です。日本共産党は、27日の衆院経済産業委員会で明確に「炉心溶融に至った」と言及して、原子力安全・保安院もこれを否定しなかった模様。ネットゲリラさんでは浜岡原発廃止キャンペーンをはじめておられますが、いま、浜岡原発停止を求めるメールを送る動きが紹介されています。私も、ノンポリの学生でしたが、26年前に「平和と戦争に関する考察」と題した卒論を書いた頃から原発には反対でした。「電力会社とか原子力というのが、自民党というか、戦後の社会体制を支える原動力となって来たのは確か」(ネットゲリラより)。浜岡原発を廃止に追い込むことにより、他の21箇所の原子力発電所に波及するとともに、歯止めなき戦後日本のマテリアリズム社会に修正が加えられていくに違いありません。さあ、いっしょに、細野豪志氏http://goshi.org/contact/にメールを送りましょう。

補足:
浜岡原子力発電所は、世界中でいちばん危険な原発といわれています。以下、2日前の中日新聞の社説を転載させていただきます。全国規模のマスメディアが、その利害関係から、福島の事故を客観的かつ公正に報道できていない中、中日新聞という、地域社会で中部電力と密接な関係を持つメディアが、こうもはっきり意見を述べている事実を見逃さないでください。実は私は、東京新聞の合併から中日新聞の地方記者となった父を持ち、合併組で冷飯食わされたことから「ちゅうぶるにっぽんしんぶん」などと揶揄していました。が、浜名湖のアサリが赤潮でやられたとき、他紙が軒並み暴露した中で、実害に値しないのだからパニックを避けて漁民を守って、あえて報道しなかったのを見て喝采していました。そういう、保守的で、温情的な中日新聞が、産業界を向こうに回してまで(中電は3号機の稼働を夏前に始める旨)断言しているのです。

【社説】

浜岡3号機 今のままでは動かせぬ

2011年4月29日

 定期点検中の浜岡原発3号機(静岡県御前崎市)を七月までに再開させる−。中部電力が、こんな見通しを打ち出した。震災と原発への対応が技術的にも不安視される中、あまりに時期尚早だ。

 浜岡原発は「世界で最も危険な原発」とも呼ばれている。3号機に関しては、立地条件と技術面で三つの理由が挙げられる。

 ・東海地震の想定震源域の真っただ中にある。

 ・高さ八・三メートルを想定した津波対策の効果が疑問視されている。

 ・原子炉のタイプが今では旧型に属する。

 海辺、低地の立地条件も福島第一原発によく似ており、東日本大震災後、住民の不安は高まる一方だ。本社と静岡大の共同世論調査でも、静岡県民の九割が震災後、地震への不安を強めているとの結果が出た。地震への不安は、原発への不安でもあるはずだ。

 心配は県民だけにはとどまらない。浜岡から東京までは百八十キロ。福島第一と東京との二百三十キロよりさらに近い。

 もし、大地震で重大な破損が起きて大量に放射性物質が漏れ出た場合、半日で首都圏に達するとのシミュレーション結果もある。名古屋市までは百三十キロしかない。

 福島第一原発の状況は、一進一退が続いている。国民全体がかたずをのんで見守りながら、不安と闘っていると言っていい。

 経済産業省原子力安全・保安院は、すべての原発の安全対策見直しを求めている。浜岡では、即時停止を求める仮処分の申し立ても準備されている。そ んな不安と不信の真っただ中、現在止まっている3号機の再開時期を示すのは、少なくとも拙速のそしりを免れない。二〇〇三年に炉心を覆う隔壁にひび割れが 見つかるなど、3号機で起きた重大事故を思い出す人も多いに違いない。

 真夏の電力需要を心配するのは当然だ。現状でも安全は確保されていて、緊急対策は安心のためだと中電側は言う。しかし、その安心が万全にはほど遠い。原発を動かすものとして、投資家よりも首都圏なども含めた住民の今の不安を解消するのが先である。

 技術的な課題解決の道筋を全国民に説明し、今後電力をどうするか、省エネや自然エネルギーをどうするかをよく話し合う。今はその時期ではあるまいか。

 安心は、まだ見えてこない。このままでは、3号機を動かすべきではないはずだ。

テーマ:原発事故 - ジャンル:ニュース

【2011/05/01 13:56】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
これが私が逃げてきた日本です。せめて、昔の日本の良さが生きるフィリピンで再生してもらえたら、、、。

原発20km圏内に留まる男性「俺はもう町から見放されたんだ」

NEWS ポストセブン 4月28日(木)7時6分配信

 4月22日、政府は福島第一原発から半径20km圏内を 「避難指示区域」から法的に立ち入りを制限できる「警戒区域」に切り替えた。今後、主要道路の20km地点には警察による検問所が設置され、関係者以外の立ち入りが禁止される。

 村のほぼ全体が20km圏内に含まれ、原発事故後すぐ避難指示が出された福島県双葉郡楢葉町では、すでにほとんどの住民が避難している。しかし、この町にはまだ6世帯8人が住んでいた(4月22日現在)。

 そのなかのひとり、窓にビニールをかけた農家に住む男性・Aさん(73才)。東京生まれのAさんは5才で父親を亡くし、母親の故郷である楢葉町で育っ た。日本中の工事現場で働き、仕事と仕事の合間は楢葉町で過ごした。年齢を重ねて肉体労働ができなくなり、楢葉町に腰を据えた。

 3月11日の地震の翌日、この町に「原発が事故です。各自、車で避難してください」という緊急避難放送が鳴り響いた。Aさんは思わず防災無線にしがみついた。緊急時には、避難方法などが放送されるはずだった。

「すぐに車のない人や動けない人のための指示が出ると思ったんです。でも、『急いで避難してください』と2回アナウンスがあってプツリと切れた」(Aさん)

 Aさんは身の回りの物をボストンバッグに詰め、「無線が何かいうべ」と待ち続けた。しかし無線は無言のままで、家を訪れる者もいない。Aさんは強烈な疎外感を味わった。

「『おれはもう町から見放されたんだ』と思って。覚悟を決めて内窓に放射能除けのビニールさ張って、家に残っていた食料で過ごしてたんだ。電気はすぐ戻っ たからテレビは見たけど、電話はずっとつながらなかった。食料がなくなってきたら種芋に手を出して我慢したけど、10日を超えて、このままじゃ餓死するん じゃないかと思ったね」(Aさん)

 3月23日にようやく自衛隊員らが訪れて避難を強く勧めたが、「おれはいかね」と突っぱねた。8日後に再び説得されたが、思いは変わらなかった。

「おれは自分の惨めさがわかってる。すごい放射能を浴びてんだから、避難所に行っても、放射能が嫌で逃げた人から何をいわれるかわからない。つらい思いをするより、家さいて死んだほうがいいっぺ」(Aさん)

 自衛隊に渡された支援物資の水4kg、米、カップラーメンなどで食いつなぐ。いざとなったら食べようと決めていた畑の大根は、避難した村民が解放した牛にすべて掘りかえされてしまった。

「おれは意地でも逃げねってば。立ち入り禁止も関係ねえ」(Aさん)

 自衛隊や、定期的に訪問を重ねている楢葉町議会関係者の説得を拒否し続けているAさん。事故発生時の「見放されてた」という記憶に加え、よるべない身の上が決意の背景にあるのかもしれない。

※女性セブン2011年5月12日・19日号



以上、YAHOO!JAPAN ニュース・NEWS ポストセブンから転載。この話を妻にすると、「日本では老人は見放されているのね。ケアギバーとして災害地で働いているフィリピーナがいるんだけど、彼女たちに、家族やフィリピン政府が危険だからフィリピンに帰れ、といっても帰って来ないの。どうしてなのかわからなかったけど、その話でわかったわ。彼女たちが去ってしまったら、誰も面倒を見るひとがいなくなっちゃうことが、彼女たちわかってるからなんだわ」、、、。自分の命を犠牲にしてまでも人を助けたいフィリピン人、他人の痛みを感じとれなくなってしまった日本人。モノに囲まれ自己満足だけを追求する人たちと、なにもないからこそ、心が豊かになる人たちの違いです。フィリピンは、少なくとも、弱者切り捨ての社会ではないし、今後もそうはならないに違いありません。

テーマ:原発事故 - ジャンル:ニュース

【2011/04/28 13:34】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
大トカゲの動きが大胆になってきた。
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すごく暑くなってきて、わが家の天敵、大トカゲの動きが活発になってきた。しかも、以前は人の気配があると敷地内に入って来なかったのに、今朝は大きな声で話していてもそばに姿を現した。変温動物ってのは、自然そのものだな。ゴミ焼き場の前にいたので、近くにいた隣人がそこに追い込んで捕らえようとしたら、この写真の後、右側のトタン壁に激しく身体をぶつけて反転し、あっという間に左側に開いた穴から逃げてしまった。80cmくらいはあった。

狙いはわかっている。鶏小屋で、もうすぐ数羽の雛が誕生しそうなのだ。今回は、偵察に来たに違いない。どうやって知り得るのかわからないが、野生動物の物事を察する能力には、ただただ驚くばかりである。私たちの鶏は、もう、2回もやられている。1回目は雛のとき屋外で、2回目は卵の状態で、大胆にも鶏小屋に侵入して食べられてしまった。おかげでまだ一度も雛は育っていない。

これまで、餌代をずいぶんつぎ込み、また雄の軍鶏が病気で死んで新しい雄を買ったりして、だいぶ出費を重ねているがぜんぜん元を取れていない。鶏小屋の外周には、大トカゲの侵入防止用にネットを張ったが、雛が生まれたら屋外に出さない訳にはいかぬだろう。となると、天敵たちを殺して近付けないために、スコープ付のライフルを買わなければならない。大トカゲ用のトラップがあるといいのだが、そんなものどこにも売っていないし、自分で作る才覚もない、、、。

ライフルなんて買ったら、ぜんぜん採算が合わなくなってしまう。自給自足を目指しながら、高価なモノを買ってしまうなんて、本当に本末転倒である。どうしようか、本当に悩んでいる。私は、ミンドロ島に移り住んで、モノを買うのが大嫌いになってしまった。そこにあるものを利用するだけで、じゅうぶん生活できるからである。ああああ、、、、でも、どうやったら元を取れるのだ? 自給自足に至るのは、長く、遠い道のりである。

テーマ:エコロジーライフ - ジャンル:ライフ

【2011/04/28 12:06】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
浜岡や中田島が、砂丘だった頃。

2011/04/19

電力会社は「自然」を食い散らして来た

とにかく、浜岡原発は停めなきゃ駄目だ。おいら、子供のころは夏休みを浜岡で過ごしていた。毎日、息を切らしながら砂丘をいくつも登り、降り、青い 遠州灘が見えてくると不思議に嬉しかったものだ。まだ原発はなくて、強い風が吹くと砂丘の形が変わってしまうような物凄いところで、とにかくナニもない土 地だったね。落花生とか煙草とか作っていたようだが、砂地なので、米は作れない。となりの御前崎は遠洋漁業の基地として栄えていたんだが、浜岡は荒れる遠 州灘に面しているので、港も作れない。そのうち「ねむの木学園」が出来たんだが、肢体不自由児が転んでも、下が砂地で怪我をしないから、という、そんな理 由だった。そういう貧しいところで、そんな「何もない」土地だから電力会社に目をつけられて原発が出来たんだが、今では砂丘も痩せてしまい、御前崎港は原 発専用みたいになっている。いくらカネを地元にバラ撒いても、世界一危険な原子力発電所に好き好んで近づく者もなく、寂れたままです。

砂丘が痩せてしまうのは、ここに砂を運んでくる天竜川の途中に、水力発電のためのダムが沢山作られて、砂が運ばれなくなったからですね。戦前からダムは作られているんだが、特に戦後になって、日本土木史の金字塔と呼ばれる佐久間ダム(1956年)をはじめ、

この後1958年(昭和33年)には秋葉ダム(天竜川)、1969年(昭和44年)には水窪ダム(水窪川)が建設される等電源開発は進められるが、 1972年(昭和47年)の新豊根ダム(大入川。国土交通省中部地方整備局)完成に伴う新豊根発電所は、佐久間ダムとの間で揚水発電を行うことによって最 大出力112万5,000キロワットの発電を行う中部有数の水力発電所となった。1976年(昭和51年)の船明ダム建設で水力発電施設の建設は一段落付 いたが、天竜川は日本有数の水力発電地帯となった。

というわけで、数えきれないほどダムを作りまくったせいで、 中田島砂丘も浜岡砂丘も、すっかり痩せ衰えてしまった。かつては幾つも砂丘を越えないと海が見えなかったのに、今ではひとつ越えるだけで見えます。天竜川 と、そこから運ばれる砂で作られた砂丘は、日本の高度経済成長を支えるためにすっかりズタボロになりました。水力はエコでクリーンな自然エネルギーだとい うけど、そうやって自然を食い尽くして来たという面もあるんですね。で、その浜岡に、世界一危険な原子力発電所が今でも稼働中だというのは、象徴的な光景 です。で、原発側では「津波は砂丘が防いでくれる」と主張しているんだが、その砂丘はどんどん痩せているんだが、ホントに大丈夫なのかね?


以上、「ネットゲリラ」から抜粋、転載させていただきました。まったく同感です。私も浜松で生まれ、榛原郡吉田町で駿河湾を見て育ちましたからね。ダムの乱立、および結局意味がなかった杉の植林で、山を含んだ生態系がすっかり変わってしまいました。天竜川も、大井川も、河口は海に向かって左に曲がっていて、右に向くことが有り得ないのはダムの影響だと、北遠の住民がいっていました。山の人は、自然を知ってますね。山が壊れると、海も壊れるんですよ。私の遠州の原風景は、どこにも残っていません。バブル前夜の80年代前半は、かろうじてそういう自然が残っていた、最後の頃でした。これ以上壊れた日本なんて、見たくありません。

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※80年代前半の浜岡砂丘。「原点―僕の街へ Starting point : looking for my town」掲載分より。

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【2011/04/21 11:26】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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