アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding]
   海外挙式や穴場保養地に、フィリピンの著名なリゾート地プエルトガレラから現地情報。世界で最も美しい湾の一つは異次元の空気感、何もなくてもハッピーです。
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プロフィール

Tetsuya Endo (Ted)

Author:Tetsuya Endo (Ted)
1961年、静岡県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒。
日本デザインセンター、東京グラフィックデザイナーズをはじめ広告企画制作業界でコピーライター、後クリエーティブディレクターとして15年以上務めるも、売れども売れども、買えども買えども満たされず。カメラを手にカナダ横断を往復するドライブで「アジアの日本人」である以外何者でもないアイデンティティを悟るとフィリピンに移住。トロピカルリゾート地プエルトガレラで、サステイナブルエコノミーを目指しEconomy & Ecology, ECOH!をスローガンに、新しいビジネスに挑戦中。日本にいちばん近く安い、海外ウェディングのメッカをつくろう。個人・グループのお客様にマニラからのトランスポーテーション手配、マニラ・プエルトガレラの宿泊手配をします。また、写真撮影も行います。平行して、フォト&ノンフィクション"Transition Japan""A Man Goes to North"等を上市できる出版社を探しています。

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タイムスパンを3年に区切って(3年で事業として目処が立たぬなら撤退)活動しています。人をタダ働きさせたうえ情報だけ盗む、義理人情のない非人間的行動はお慎みください。自分本位な方が来ても日本人の評判を貶めるだけです

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 日本人向け汎用パッケージプランを用意。
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アジアの穴場リゾート地プエルトガレラが初めてという方にも、もう何度も来ているという方にも、ダイビングだけではない保養地プエルトガレラの魅力を気軽に知っていただける旅行プランをコーディネートしました。欧米系とくに北欧等から毎年渡り鳥のようにやって来るリピーターは口コミで仲間を増やしています。ところが、日本にはなかなかそういう情報が伝わっていません。日本語が使えるアットホームな宿泊施設のほか英語やタガログ語OKな方にお好みに合わせて宿泊施設をご用意します。また、マニラから、日本から、ここへの来方もさまざまなコーディネートが可能です。宿泊日数によって各プランの組合わせも自由自在、しかもこれはほんの“さわり”なんです。プエルトガレラ現地から責任を持ってご案内します。興味があれば、ぜひご連絡ください。

Tetsuya Endo
C/O Sofia Bunquin, Aguada Subdivision
Poblacion, Puerto Galera
Oriental Mindoro 5203 PHILIPPINES
cell: +63.928.707.2843
email: webmaster@ecoh.biz.ly

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(2007/03/29(木) 09:37)

 プエルトガレラの源流と祝祭。
※以下クリックすると大きな画像が現れます。1iraya fes

アジアにありながらフィリピンの人というとリズム感がよく踊りがうまく天性だとかいわれよく各地のフェスティバルが取りあげられますが、それはスペインとアメリカ文化の影響に他ならないのではと土着民族の祭りを見ていると思えたりします。リゾートとして名を馳せるプエルトガレラにはミンドロ島の土着民族のひとつであるイラヤ族のコミュニティが沢山あり、毎年フェスティバルが開かれています。2006年10月12日、町立広場でアリステオ・E・アティエンザ町長の誕生日を祝う形で催された第8回「イラヤ族の日」フェスティバルを紹介してみましょう。"PGW"マンヤンプロダクトがどのような人の手によるのかについても参考になさってください。

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低地民の小学生たちが町長とイラヤ族に向け大音量の流行り音楽で踊る一方、イラヤ族の子供たちは彼らがかつてから受け継いできたやり方を示していた。マンヤンの小学生と高校生たちは、伴奏なしに静かな踊りで伝統的な儀式を実践していた。コンタクトシートの写真ではどれがイラヤ族でどれが低地民か見分けるのは難しいかも知れないが、後者の踊りはより西洋風で“見られる”ことを意識している。

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プエルトガレラはそのアジア有数の美しいビーチ群とダイビングスポットで有名だが、セブやボラカイと最も異なるのはあらゆる種類の豊かな自然があって保養の場として申し分ないことだろう。しかし日本人にはまだまだ知られていない穴場である。ビーチに加え切り立った崖状の海岸線や、海だけでなく、丘や山など変化に富んだ地勢が楽しみの選択肢を広げてくれる。気候も熱帯ながら変化に富んでいる。山の天気のように予測がつかない。だからこそマンヤンの人々は、ここで十二分に幸せに暮らせてきたのではないだろうか。

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タガログ族や他の低地民がこのリゾート地帯化したプエルトガレラに移住してきたのは、せいぜいこの100年位の間だ。我が家は代々プエルトガレラに住んでいるといっても、紀元前からここミンドロ島に住み続けているマンヤンの人たちに較べればそんなに偉ぶれたものではない。しかし彼らは(そしてわれわれ先進国と呼ばれる国々の有象無象の影響を受けて)先輩である彼らを山へ山へと追いやったのだ。そしてそれから保養地としての理想郷と見たてたヨーロッパ等からの外国人がそれに続いた。こうして、年を経る毎にプエルトガレラは海外からの滞在者、旅行者が渾然一体とした国際コミュミティ化が進んでいる。

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この街の少女たちが祭りのステージの出番を待って海の方に向かって座っていた。そのシーンを見て私は、日本での少年時代を思い出した。今日の日本では子供たちは多くのストレスを抱え、さながら小さな大人のようである。しかしここ、アジアのフィリピンのプエルトガレラではそのようなことはない。あくまで少女は少女だし、少年は少年なのだ。

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イラヤ族の“ナチュラル”コスチュームはすでにファッションと化していた。ショーのための特別誂えなのだ。イラヤの子供たちが握っているのは土を耕す棒で焼畑農業の伝統的手法を示している。焼畑農業が全面禁止となったパラワン島と違いここミンドロ島ではいまだに実践されており、子供たちは祖先が辿ってきた身体や血の記憶を確かめているようだった。

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チュグダアンパイタン(マンヤン族の高等学校)の生徒たちが深いおじぎをして、大地に尊敬と感謝の念を払っていた。これは特に儀礼的式典では重要な、わが日本のやり方とまったく同じものである。これと同じ光景は、実はパラワン島の原住民族のひとつであるパラワン族の式典でもあった。日本と同じ価値観、そしてアジアを感ぜずにはおれない。

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あるイラヤ小学校の生徒たちは収穫の感謝を伝えているであろう踊りを披露してくれた。単純な動作だったが、それは溢れんばかりの歓びを表すのに十分なものだった。その恥かしそうな表情からわかるように、この踊りは余興というより神聖なものである。見られるためのものではなく、自身が楽しむためのもの。瞬間瞬間に踊り手が感じていることが手に取るようにわかるようであった。

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イラヤ族はタガログ族のためにマンヤン族のなかで最も文明化された。結果、着るものも低地民と同じものに変えながら彼ら独自の文化を捨てざるを得ない状況にある。先進国の人はその暮らしを見て「みすぼらしい」と表現するかも知れない。しかし、それは違う。異なる価値観に生きるとき、マテリアリスティックな世界と同じ物差しでは測ることはできない。発展した日本社会で私が求めていたのはまさにそういう価値観だった。マテリアリズムと比べどう見えるかでなくむしろ自らの誇りを失った民族ほど惨めなものはない。

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アップデイトプエルトガレラ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/03/28(水) 09:03)

 「プエルトガレラウェディング=素朴」の象徴。
アジアの穴場リゾート地プエルトガレラでの海外ウェディング「プエルトガレラウェディング」についての質問をいただくうちに、やはり特徴的なことについて説明しておこうと思いました。

「海外リゾートウェデイング」「海外挙式」というと日本人にはまずハワイウェディングが思い浮かべられ、日本並みの洗練された披露宴を恵まれたロケーションで行う、高価なものと捉えられがちですが、プエルトガレラウェディングはその対極を目指すものです。素朴で飾らないが、温かい。それは、池波正太郎や山本周五郎の世界ではないがつつましくも歓びに満ちた祝いのあり方であり、経済的でエコロジカルな達成報告のあり方です。

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日本の南方に位置するフィリピンは何事もビジネスビジネス或いは金かねとして行われるようになってしまった人生最大の祝福イベントも、経済活動の未発達ゆえにいまだに「形」よりも「心」のブライダルが行われています。だから、参加する人たちがあんなに楽しそうなのだと思います。思い出に残る結婚式は、なにも金をかければよいわけではないことを、ここの土地の結婚式は教えてくれます。

プエルトガレラでは、何の因果かそういう土地っ子とは何の縁もゆかりもない、ヨーロッパからの人たちが土地っ子たちと同じようにひっそりとしかしビーチと太陽と風を満喫して海外リゾートウェディング(というより保養)を挙げていったりするわけですが、私はそういう素朴であることを知らしめるために象徴的に表したいと考えていました。そこで注目したのが、この島にいちばん長く住んでおられるマンヤン族のプロダクトでした。

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サンプル写真のなかにブレスレットもありますが、小銭入れなども含めた月並みアクセサリーは以前から生産されていました。これらベルト製作はしかし、彼らにとっても初めての挑戦でした。一見、ひとつひとつ同じデザインに見えますが、微妙に異なっています。最初はPGW=Pueruto Galera Weddingのロゴなしに試作をはじめ、次にロゴはパターンデザイン化→ロゴ化と歩みました。編み方もさまざまな工夫を施しています。

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ひとつひとつ手作りで、大量生産にはない素朴さと温もりがあります。編み込みのデザインはマンヤン特有のもので、所有する喜びを満たしてくれます。長期の使用に耐えるものですが、廃棄の際環境に優しいディスポーザブル製品と捉えてください。また、通常捨てられてしまう皮ベルトのバックル部分を再利用するバージョンもあります。価格はオーダー量によりますが、1本800円(送料別)以下でご提供できます。サンプル写真をお送りしますので、サイズとどのデザインかご指定いただけば製作に取りかかり2週間以内位には発送できます。

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※クリックすると大きな画像が現れます。Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

イラヤ族の人たちと共同開発しているのは「蔓」(vine)で編んだ品物です。もともとは米国人が彼らにvine weavingを伝授してコースターやトレイ、ポット等日常必需品を生産するようになったといわれています。彼らの製品に特筆すべきことは、二つとして同じものがないということです。「これと同じものを作ってくれ」と頼んだとしても、似たものはできますが何か少し違う。それは素材である蔓が全く同じ色のものがないということももちろんあるのですが、たとえ同じひとが作ったとしても気分によって少しずつ作り方に変化を与えていまうからです。

それは「品質管理」とか「進歩進化」とかとは別次元の、その場を楽しく過ごすというか、作っているときに自分なりに楽しむ、ということに他ならないと思います。それでこちらも身に付けるときにホッとするやらくつろげるわけです。ですからはっきり申しあげて、お届けする品物は「工業製品」ではありません。非常にひとつひとついびつです。しかしだからこそ、楽しめるのです。

今回はベルトを紹介していますが、いま携帯電話ケースに挑戦中。他にも、私はアンティークウォッチコレクターなので腕時計ベルトやベースボールキャップ、サンダル等開発していきます。ベルトに限らずファッショングッズは、やがては捨てられる運命にあるのですが、彼らの製品の特長は捨てられたとき土に還るということです。

見た目も先進国では失われてしまった、なんともいえぬ素朴さとあたたかさがあります。ひとつひとつ完全に手作りだから当然です。身に付けるとなぜかリラックスしてしまうのが不思議です。日本などでも、企業戦士が休日に気分転換に身に付けるだけでも価値はあるのではないでしょうか? また、身につけて人前に出れば、エコロジーや環境に配慮した人間だというアピールにもなります。

もちろん忘れてならないのは、フィリピンの貧困救済という事実です。先住民族はタガログ族や我々のような先進国の開発の犠牲になって、伝統的な暮らしを送れぬよう追い込まれ、フィリピンのなかでも最貧に属します。彼らも文明との接触なしには生きられなくなってきているため、彼らの産業が自立していけるように、少しでも役立ちたい思いもあるのです。

これらECOH!プロジェクトの"PGW製品群"は、JETRO(日本貿易振興機構)http://www3.jetro.go.jp/ttpp/JAN.CR06_JAN?id=1087592&corner_id=121を通じたりして販促を図っていますが、このブログを通じて購入または販売に興味のある方はせひご連絡をいただければと思います。よろしくお願いいたします。

Tetsuya Endo
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Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/03/27(火) 00:02)

 オリジナル日本語ウェブサイト開設延期。
オリジナル日本語ウェブサイト「Puerto Galera Wedding」3月開設の媒体計画を発表しておりましたが、大忙しのうえキーとなるPuerto Galera Weddingイメージ写真の撮影がいいモデルが見つからず進まず遅れております。どなたか私のブログをご覧いただいている方で「いい感じだなぁ」と思えるカップルがいれば自薦他薦を問わずご連絡ください。ギャラはお支払いできませんが、アジアの穴場リゾート地プエルトガレラにお越しいただいた曉には記念に写真を大判プリントにして差しあげます。保養を兼ねて、海外のビーチでウェディングのモデルになってみませんか? 約束するように事が運ばず申し訳ございません。準備が整うまでPuerto Galera Wedding公式サイトで紹介すべき内容も、当面は当ブログにてご紹介してまいります。よろしくお願いいたします。

Tetsuya Endo
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(2007/03/25(日) 21:04)

 マニラからプエルトガレラへの来方。
プエルトガレラに来る方は面倒くさいところに行くのだとわかっていただければと思う。マニラから南へ130kmといちばん近いビーチリゾートといいながら、クルマで約2時間、船で1〜2時間もかかってしまう。だが、ブツ切れになった有料ハイウェイからバタンガス桟橋はいまか今かと追いかけ、そしてそれから海峡を渡る風と波しぶきに当たる。そういう時間が必要だったのだ、と思わせる空気がプエルトガレラにはある。なんでマニラ空港からダイレクトの航空便がないのだ?と考える方もいらっしゃるだろうが、飛行機でボンっと着いてしまうプエルトガレラなど私には考えられない。誤解を恐れずにいえば、アジアの穴場リゾート地であるプエルトガレラはいまどき流行らないところだ。だからこそいろんな大事なものが残っている。いわばレアものだ。

ともあれ、マニラからどう来るかだが、経済的な方法はSi-Kat(バス&ボート)か、路線バス&ボートだ。残念ながら日本からマニラ空港に降りたその足で公共交通手段でその日のうちにプエルトガレラに着くことは2007年現在難しい。日本からいちばん早い到着でも空港を出るときには午後3時近くになってしまい、いくらクルマを飛ばしてもバタンガス桟橋からプエルトガレラへの最終便にぎりぎり間に合うかどうかだからだ。暗くなるとバタンガス⇔プエルトガレラ間の船便は運航されない。しかし一方でプエルトガレラの隣の州都カラパンシティには24時間フェリーが運行されていることから、利用客が増えれば将来的にはそれも可能と思う。

マニラ空港からバタンガス港へのバス便はないので、いったんマニラ市街に出ることになる。よくいわれるように多少割高だがクーポンタクシー(エアポートタクシー)が無難だと思う。マニラ市街までは400ペソ位か? ちょっと横道に逸れるが、フィリピンは危ないとよくいわれるが、私は日本人が平和ボケしているだけだと思う。こんな貧乏な国に到着して日本と同じように振舞っていたら襲ってくれといっているようなものだ。特に到着直後の身なりや態度には十分注意しましょう。

閑話休題。Si-Katはバタンガス桟橋までのダイレクトバスとプエルトガレラ・ムーリエ桟橋までのバンカボートを組み合わせたサービスで、マニラのエルミタ地区マビニストリートのシティステイトタワーホテル前を毎朝8:00に出発する。Si-Katを利用する場合マニラで1泊する必要がある。エルミタ周辺にはバジェットホテルから高級ホテルまでいろいろある。バスは最近新型(下の写真)に替えたそうだが料金は据え置きの600ペソ(バスだけ利用の場合400ペソ)。復路便のサービスも同料金であるが、こちらはムーリエ桟橋午前8:00、サバン桟橋午前9:15出発となっている。スケジュールは変わることがあるので注意されたし。予約は、Si-Kat Office, Ermita, City State Tower Hotel 電話(02)521-3344へ。※ChachaまたはBona(担当者)にエンドーのサイトで見て、とお伝えください。または日本からなら、シティステイトタワーホテル(1泊1,950ペソ〜)の予約も併せて取れるので私までご連絡ください。Eメールはtetsu95jp@yahoo.co.jp 電話は+63.928.707.2843

si-cats bus
※Si-Kat Muelle Ticket Officeから掲載許可済。

もう一つの来方は、定期バス路線を利用するやり方だ。最も安く、バックパッカー向けといえる。マニラのLRT鉄道高架下(タフトアベニュー)とブエンディアアベニューの角のバスターミナルから頻繁にバタンガス行きが出ており、これならマニラに泊まらずその足でバタンガスに向かうこともできる。バタンガスのホテルはマニラと較べて割安で、英語かタガログ語が話せれば地元の人々をリアルに感じられる旅になるだろう。もちろんマニラを朝早く、夜明け前に出るという手もある。暑いフィリピンでは明け方のバス旅行も涼しく景色も美しくいいものだ。料金は150ペソほど。ときどき桟橋まで行かないバスもあるとのことなので注意。

もしもルソン島のどこかにお住まいでクルマをお持ちならクルマで来るという手もある。プエルトはかなり広いので、周辺観光も併せてクルマがあれば重宝だ。煩わしいトライシクルの客引きに悩まされることもない。だが、かなり荒れた道が多いのでオフロード対応車でないと行動範囲が制限されるのと、なによりもマニラ以遠からではガソリン代、高速代、フェリー代で割高だ。いちおう紹介しておくと、バタンガス⇔プエルトガレラ・バラテロ間のフェリー代はカローラクラスで約1,400ペソほどだ。これはドライバーの乗船代も含む。同乗者が一人増す毎にパッセンジャーフィー182ペソが別途必要になる。同フェリーはバタンガスから午前7:00と12:00、バラテロから午前10:00と午後5:30の便があってFirst Come First Servedの原則。早めに来て並ばなければならないが、いままで台数が多すぎて収容できなかったということはない。それだけ利用者が少ないのである。下の写真でご覧いただけるようにかなりの台数を乗せられる。

pg ferry
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ちなみに「田舎」であるプエルトガレラには港(桟橋)がいくつかあって、フェリーが発着するバラテロは近年整備され一本化されようとしているのだがなかなか実現されない。この辺がプエルトガレラのプエルトガレラたる由縁なのだ(?) こう書いてくるとプエルトガレラがなぜ「アジアの穴場リゾート」なのかわかり始めたことと思う。「穴場」が「穴場」たる条件をすべて満たしているかも知れぬ。

balatero port
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ご覧のようにバラテロは立派な港らしい港なのだが、ここに発着するのはフェリーだけだ。それ以外のバタンガスからのバンカボートは現在メインポートであるムーリエをはじめ、サバン、ホワイトビーチというところに発着する。ムーリエ⇔バタンガスの料金は各社運航しているがいずれも180ペソだ。朝5時位から夕方5時位まで頻繁に便が出ている。早い船では所要時間1時間半を切ることもあるようだが、ムーリエから出てもサバンやホワイトビーチに立ち寄って時間を食ってしまうことも多い。この辺も穴場リゾート地プエルトらしいといえばらしいが、景色は美しいので景色を楽しむと思えばよいではないか? 保養地なのだから。特にプエルトガレラ湾は世界で最も美しい湾の一つに指定されただけあって、その最奥ムーリエへの行き来は時と場合によって異なる趣きを見せる。

muelle rain
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puerto galera bay pm
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船の選択で気をつけたいことは、もしもラフな船旅が嫌なら上記のフェリーを選ぶべきだということ。ヴェルデアイランドパッセージは風通しがよく、潮流も早いため、途中かなり波が高いところがある。はっきりいって小さいバンカボートではかなり揺れる。ザブンザブンといった具合だ。大きいバンカでも腕時計が濡れる位は覚悟しなければならない。(ダイバーウォッチでなければポケットにしまっておくことをおすすめします。携帯やデジカメもバッグの中に入れておいた方が無難です。)でも、私はあえてこのバンカボートのワイルドな風情を試していただきたいと思う。あの風と波は他では味わえないから。泳ぎに自信のない方はこの限りではありません。(半分本気です。)

大切なことをいい忘れていた。バタンガス湾から海峡に出たあたりで、イルカの群れに出逢うことがある。ボーッと海面を見つめていてハッと気がついたり、誰かが騒ぎ出したりします。船の上の人々の視線が一斉にそこに向けられて、音もなく彼らが海面を移動していく姿を見ていた後は、なぜだか幸せな気分にさせてくれるのは不思議です。

追記:バタンガス港では乗船代の他に10ペソのターミナルフィーがかかります。

更新:マニラ空港またはマニラ圏からダイレクトにプエルトに来たい方にはチャーターバンおよびバンカボートを手配できます。バンは1台12人乗りまでで片道4,000ペソ、ご自宅ないしホテルまでお迎えに行けます。バンカボートも1艘片道4,000ペソ。それぞれ復路のご利用も可能です。お知りになりたい方はメールないしご連絡ください。詳しくは「マニラ空港から直接プエルトガレラに来たい方、及びエージェントの方へ」参照。

2008年6月30日追記:上記の各料金はインフレに連れしばしば値上げされていますのでご注意ください。

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プエルトガレラへの来方 | 固定リンク | トラックバック:1 | レス:9
(2007/03/21(水) 01:20)

 フィリピンってなんだ?
philippne madonna

いったいフィリピンって、つまるところ母の愛だと思う。私はマカティにいた時たまたま郵便局で目にしたこの切手シートを、後生大事に持っていて、この"Philippne Madonna"に表されている愛の姿を、それを体感できるリゾート地プエルトガレラを通じて何とか日本の皆さんにつたえたいのだ。

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フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/03/19(月) 12:07)

 イノセンスの終着駅へ。(3)
フィリピンの旅の果て
プエルトガレラまでを綴るつもりだったが、
いまはつべこべ語るのはやめにする。
これまでの写真を整理していて、
それらが雄弁に物語っているように思えたからだ。
「イノセントの終着駅へ。(3)」は期せずして写真集となった。
写真を見ていて、
旅とは予期せぬエピソードそのものであって、
いちいち紹介して何の役に立つかとも思った。
フィリピン人には内向きと外向きの顔があり常に揺れ動いていて、
謙虚で正直なひともガラリと変わることがある。
完全に他者に依存して生きているからで、
根底にあるのは持てる者は持たざる者を助けて当然との思いだ。
しかし日本人のテッド伊藤がタガログ語で歌った
「マグヒンタイ・カ・ラーマン」がなぜ
フィリピン史上最大のヒット曲になったかは、
フィリピンを旅して少しはわかった気がする。
「いまは苦しくても、もう少し待てば、
雲のあいだから太陽の光が差し込むだろう」
と歌っているのだと、後になって歌詞を知ったとき、
私は涙が出てくるのを抑えられなかった。
なぜならそれは、
フィリピンの気候風土と人々そのものだったからである。

※写真は辿った旅程の順に並べられています。写真をクリックするとクリアで大きな画像が現れます。


sabang, puerto princesa
パラワン島プエルトプリンセサ・サバンで満月を浴びた

この写真のバリエーションがDL-MARKETでお買い求めいただけます(3,363×4,500pixel)。


mr c
プエルトプリンセサ・ブエナビスタで泊めてくれたCはお礼のお金を受け取ろうとしなかった

buenavista
バランガイ・キャプテンの息子である彼の家にも電気などなかった

c’s kids
私より若いと思っていた彼は実は同い年で、しかし数えきれないほどの子供があった



siquijor boy & flower
シキホール島の井上氏http://www.millionmiler.com/philippines/index.htmlを訪ねると、窓から悪ガキが顔を覗かせて飾ってあったぬいぐるみをねだった

siquijor shore
シキホールの光はパラワン・プエルトプリンセサより美しいのではないかと思われた

cebu bridal3
セブシティで泊まったホテルのフロントレディに妹さんの結婚式の写真を頼まれた

daan bantayan
ダアンバンタヤンはセブ島極北の地でビサヤ地方らしい田舎だった

st fe a
バンタヤン島では我先に船に乗り込み客の荷物を手にしようと男どもが待ち構えていた

st fe b
バンタヤン島のMadridejosで旧日本軍の虐殺を知った後は、こんな僻地でも、と気が滅入った



alaminos
ルソン島の旅では子供のころ慣れ親しんだ日本の風景に出会うことも多かった(パンガシナン州にて)

bolinao kids
海端に住んでいる子供たちは一様に陽気で人懐っこかった(パンガシナン州ボリナオにて)

bolinao men
この親にしてあの子あり、である。ミルクフィッシュがえも言われぬほど旨い土地だった

bolinao sea
ボリナオでも写真を固め撮りしてしまったが、住みたいからではなくて思い出に残したかったからだ

vigan
イロコスノルテ州の古都ビガンは、観光化された名物街の周囲にむしろ風情があった

pagudpud
ルソン島の北岸に達してみると、Pagudpudは美しいが茫漠としていて寂しいところだった

cagayan river mouth
カガヤン河の河口ではあっちこっちで桜えびを干しているのは驚いた。しらすも旨かった

aparri (variation)
河口はアパリという街で、なぜかフィリピンらしくなかった

kalinga
カリンガ州で写真を撮っていると「ヤクは要らないか?」と話かけられた

bontoc
マウンテンプロヴィンス州の首都、ボントックにて

bontoc man (variation)
ボントック族の男は、飽きもせずに私が風景を撮るのをいつまでも見ていた

bontoc ladies
ボントック族は家事も村単位で行う。この主食のキャッサバはこの上もなく旨かった



quezon bro & sister
ルソン島を南に下ってケソン州にて

quezon children b&w

quezon children
ケソンのそれ、兄妹ってやつだった



talisay father
タール湖の畔タリサイでは友のお父さんが椰子の実を振舞ってくれた



puertogalera-a
プエルトガレラにはいつも爽やかな風が吹いていた

puertogalera-b
プエルトガレラにはいつも爽やかな風が吹いていた

verdeislandpassage
海峡を渡って辿り着くところにプエルトガレラの良さがあった



puerto galera wedding
そして私の引っ越しと同時にアランとクリスティの結婚式があったのだ

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フィリピンを一人旅して | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:2
(2007/03/15(木) 15:06)

 イノセンスの終着駅へ。(2)
ある意味でマニラに住むことは、東京以上につらいことだった。何が楽しくてあんな汚いところに住むのだろう。写真を撮るひとだったら、マニラの街で写真を撮りたいなんて思うだろうか? 私がマニラ圏に辿り着いたのは雨期の7月で、雨にそぼ濡れる裏通りを懐しい感慨に浸りながら撮っていたのだが、雨があがると容赦なく照りつける陽射しになすすべもなかった。

night on vito cruz ex

雨期は雨期でムッとするのは日本の比ではないし、乾期になればカンカン照りの二乗ときている。つまるところ、コンクリートで塗り固められているので年がら年中暑いのだ。私の住んでいたマカティのサンアントニオビレッジではほとんど年中夜通しエアコンが必要だった。ちょっと過ごしやすくなるのは12月と1月だけ。これがフィリピンかと思った。

backstreet in manila

住人は自慢気にグロリエッタや超大金持ちが住むビレッジを口にするのだが、あんなもの先進国のショッピングセンターと同じだし、オタワ高級官僚住宅区より断然リッチなビレッジだって一歩出ればガタガタ道路と貧民窟だ。何の面白みもない。だったら東京に住んでいた方がよっぽどましではないか。週末に東京湾の風に吹かれた方がよっぽどよい。マニラ湾は臭くてしょうがないから。

glorietta jeepny

greenbelt

では、どうして性懲りもなくあんな劣悪な環境に日本人が住み続けているかというと、日本と較べて相対的に安い物価か女かに尽きると思う。私は、例のS氏がしつこく誘うので一度だけトップレスバーなるところに行ってみたが、ロリコンではない私にとって彼女らの姿はただ痛々しいだけであった。勝手にしてくれ、である。

manila on the street

そういうわけで、というよりも、“正義”或は“筋”というものがまったく見当たらぬ憤りと思うにまかせられぬストレスから、たいして外出もせず日が暮れるとエンペラドールのコークハイを煽る毎日が続いた。エンペラドールとはフィリピンではポピュラーな安ブランデー(720ml瓶150円位!だが結構いける)である。困ったことに、マカティでも下町的なサンアントニオビレッジの我が安コンドミニアムの外に旨いフライドチキンを露天売りするところがあって、嵌ってしまった。あの油ぎとぎととエンペラドール、コーク、そして煙草(フィリピンは煙草も安い)、身体にいいわけがない。とうとう肝臓を壊してしまった。

mardy’s chiken

チキンを売っていたのはマーディという決してスリムとも美人ともいえない30前の女性であったが、眼がたいへん美しいひとで英語でもきちんとコミュニケーションとれ、フィリピーノが信じられないときいつも言葉と態度で私を助けてくれた。真面目に生きているひともいるんだと十分わかった。いったい、こういうひとの存在がフィリピンなのだと思う。さしずめ日本でいえば池波正太郎の小説の世界ではないか。フィリピンでは貸した金はぜったい戻って来ないというが、彼女は1,000ペソをちゃんと返してくれた(もともと返してくれなそうだと思ったら貸さないのだが、、、)

g

写真を公開してしまうのは少し憚れたが、いきさつを説明すれば許してもらえるだろう。彼女の名前はG、マニラの写真をモノにしようと出歩いているとき出会ったひとで、私の彼女になったかも知れぬひとだった。よくある話で子供がひとりあり、もう前の旦那のことは忘れたという。それは結構なのだが、子供がある女性には興味ないという私に積極的にアプローチしてくる。しかし、最後には、500ペソ貸してくれ、なのだ。いつも子供がどうのこうのいって、終いには泣き出す始末だ。

sa xmas a

彼女とは旦那と娘の誕生パーティを祝ったというベイウォークそばのシェーキーズ?でご馳走(?)しただけだが、彼女がしつこく要求する500ペソを与えてしまった。返ってくるとは思わなかった。だが、もしも返ってきたら付きあうことができるかも知れない、と思った。…人生は重ねてみるものである。私の予想は当たった。彼女からの連絡は途絶え、想い出だけが残った。フィリピンの心暖かいクリスマスが始まろうとしていた。

sa xmas b

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(2007/03/10(土) 23:23)

 イノセンスの終着駅へ。(1)
Innocenceという言葉は“無邪気”というようにいいように受けとめられるかも知れないが、一方で無知蒙昧で善悪の判断さえつかぬいってみれば“獣”に近い可能性も包含している。私は、フィリピンの人々の魅力をこのイノセンスという表現で表したいと思う。プエルトガレラに落ち着くまでパラワン島、ビサヤ諸島、ルソン島といろいろ旅して多様な民族に会って、その思いはますます深くなった。

その結果プエルトガレラを選んだのはアンチマテリアリズム"ECOH!"のコンセプトをやるのにいちばんよかったからで、日本からフィリピンにもっと人を呼び込むのに総合的に最高と思われたからだ。交通の便や電気がないのを厭わなければ、実はいいところはプエルトガレラの他にもたくさんある。私はこれまでの旅を何回かに分けて振り返り、いままでの出会いを確かめながら、どういう風にプエルトガレラに行き着いたかを明らかにしたいと思う。それをご覧いただいた皆さんが、少しでも関心を持っていただければ幸いである。

フィリピンというだけで何かと誤解されることが多い。
―「どうやったら、これだけ胡散臭い連中を集められるんですかねぇ。まったくここは日本人の“吹き溜まり”ですよ」日本のフィリピン特派員と話すと、決まってこういう話題になる。それくらい日本のメディアのマニラ支局には、日本の社会ではまともに相手にされないような日本人が入れかわり立ちかわり現れる。法外な儲け話に乗せられて、日本からの持参金をすっかり巻き上げられた者。在留邦人のあいだを回っては、寸借詐欺を繰り返す者。フィリピーナのヒモになっている男もいれば、日本でなら「禁治産者」の烙印を押されるに違いない人物もいる。私にしても、日本にいたら一生かかってもお目に掛かれないほどの数のヤクザを、マニラで見てきた。(野村進著「アジア定住」講談社+α文庫〈1996年原著〉より)

フィリピンにいる日本人にしてこれだから、いわんやフィリピン人をや、というわけである。残念ながらフィリピンに住む日本人は何らかの事情があって日本を逃げてきたひとが多いのは事実だろう。しかし、それはひと昔前のバンクーバーやニューヨークも同じであって、海外居住が一般化しつつある今は状況が変わりつつある。清濁を合わせ飲んできたフィリピーナ、フィリピーノだから当然彼らにも「悪」の側面はある。だが、憎めない。私は、宝物だと思えるフィリピンの子供たちの笑顔を撮るとき、いつも「聖は邪なり、邪は聖なり」と自分にいい聞かせている。この続きはまた、、、

palaw’an girls
パラワン島原住民族のひとつ"Palaw'an"の少女の踊り(プエルトプリンセサにて)※クリックするとクリアな画像が現れます。
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(2007/03/09(金) 16:35)

 「Yahoo!セカンドライフ」に別の記事が掲載されました。
英語版個人サイトのTetsuya Endo Realbloghttp://www.ecoh.biz.ly/realblog.htmlに掲載した記事を再編集した“なぜ外国に暮らし日本批判をするか?”が「Yahoo!セカンドライフ」にサポーター記事として掲載されました。http://secondlife.yahoo.co.jp/supporter/article/t5j_MEuMOVHACUvjMWA-/3/

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(2007/03/08(木) 02:54)

 「Yahoo!セカンドライフ」に記事が掲載されました。
当ブログに掲載した記事を編集した“アンチマテリアリズムの時代なのだ”が「Yahoo!セカンドライフ」にサポーター記事として掲載されました。http://secondlife.yahoo.co.jp/supporter/article/t5j_MEuMOVHACUvjMWA-/1/

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(2007/03/07(水) 01:33)

 「ブログサーチ」で紹介されました。
「ブログサーチ[Engine] ブログ専用ディレクトリ型検索エンジン」で当ブログを紹介していただきました。http://www.blog-searchengine.com/modules/wordpress/index.php?p=33 ありがとうございました。

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(2007/03/06(火) 22:03)

 アジアの穴場リゾート地、プエルトガレラというところ。
プエルトガレラはミンドロ島北岸のY字型をした半島を含むエリアの地方自治体(町)で、タガログ文化圏の南辺にあたります。1974年にプエルトガレラは"United Nations Man and Biosphere Program International"により「自然中心区域、海洋保護区域」と宣言されたそうです。リアス式海岸の随所に小さいながらも素晴らしいホワイトサンドのビーチが点在し、いくつかは多様な海洋生物を育む豊かな珊瑚礁を有しています。日本人にはあまり知られておらず「穴場」という言葉がふさわしいリゾート地です。

big lalaguna boys

big lalaguna
Big Lalaguna

ダイビングリゾートとして世界的に有名なプエルトガレラですが、セブやボラカイと違ってビーチだけでなくいろいろ楽しめるのが特長です。ダイブリゾートとして発展したサバンは新宿歌舞伎町的な様相も呈してナイトガールのメッカとしても知られ、多くの欧米人が居住するとともに保養バケーションに訪れています。隣のスモールララグナ、ビッグララグナまで数分ほど歩くと美しい海岸線ビーチに出会えます。

一方、ホワイトビーチはプエルトガレラきっての海岸線の長さを誇る白砂のビーチで、マニラ圏にいちばん近いビーチリゾートとして海水浴を楽しむフィリピーノを中心に旅行者たちで賑わっています。

whitebeach frm sea
White Beach

他にも、ココビーチをはじめ美しいプライベートリゾートや隠れたビーチが連ねており、自分のお気に入りのビーチを捜すのも楽しみです。そうしたビーチホッピングはもちろん、近くのヴェルデアイランド等へのアイランドホッピングやバンカボートからの魚釣りなど楽しみは尽きません。ボートを使った遊びはもちろんですが、沿岸から起伏に富んでおりすぐに山の斜面へと連なっていてときどき絶景に出会えるので、自分の足を使って汗を流すハイキングも楽しいものです。また、プエルトガレラには素朴なゴルフコースもあります。ポンデローサゴルフクラブです。高いヒルサイドに位置し、プエルトガレラ湾はもちろん対岸のルソン島の間のベルデアイランドパッセージを望みながらのプレイはリラックスひときわでしょう。

around puerto galera bay
Around Puerto Galera Bay from Ponderosa Golf Club

プエルトガレラ湾は、2005年にフランスベースでユネスコをサポートしている"Most Beautiful Bays in the World Club"に「世界で最も美しい湾のひとつ」と命名されました。かつてスペインの大型船のメキシコ、中国、ジャワ、スマトラへの寄港地でしたが、プエルトガレラ湾の再奥に位置するムーリエは現在はバタンガスからのメインポートとして賑わっています。

muelle
Muelle

上に述べただけでなくさまざまな保養型リゾートアトラクションを有するプエルトガレラは、「アジアの穴場リゾート」と呼ぶにふさわしいところです。欧米人を中心に新しい海外ウェディングの場として注目を集め出しています。プエルトガレラにいらっしゃる方は、お好みによりおすすめできる宿泊施設をご案内しますので、ぜひご連絡ください。(マニラ空港からダイレクトのパッケージもご案内できる筈です。)

Tetsuya Endo
C/O Sofia Bunquin, Aguada Subdivision
Poblacion, Puerto Galera
Oriental Mindoro 5203 PHILIPPINES
cell: +63.928.707.2843
email: webmaster@ecoh.biz.ly

puertog10

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(2007/03/05(月) 21:54)

 “Puerto Galera Wedding”とは?
日本でさまざまな結婚式に出席してきたが、残念ながら、印象に残っているものはひとつもない。断片断片がたまに思い出されるだけだ。遠い昔のことだからだろうか? 格式ばって形だけのものだったからのような気がする。お金はかかっていただろうな、そんな記憶は確かにあるのだが。

昨年の7月、プエルトガレラに引越した日にちょうど目の前で披露宴が開かれようとしていたのは、奇遇としかいいようがない。ローカルの人々のウェディングはあらゆる意味で日本のウェディングとは違った。すべてが手作りなのである。私のアパート脇に男どもが大勢集まり地べたに大きな鍋を並べるようにして料理を作っている。聞けばほとんどが親戚筋でプロの料理人はいないらしい。

挙式の朝にはメインディッシュとなる2匹の豚が断末魔の叫びをあげた。教会から花婿アラン、花嫁クリスティと親族らが戻ってくる頃には、向かいの空き地にささやかだが晴れやかな披露宴会場が整っていた。アランは家主の甥にあたり私も末席に呼ばれたのだが、列席者の楽しそうなことといったらない。振舞われた料理はもちろん日本の披露宴のように格好つけたものではなかったが、なによりも「旨い」! 正直、フィリピン料理があれほど旨かったことは金輪際ない。

まごころのおかげである。「これだ」と私は再認識した。ハワイウェディング等のように、海外でのリゾートウェディングを金のかかる高級なものと捉える向きがあるが、それは国内と同じように行おうとするからだと思う。こういう風な素朴なスタイルでいいのではないか?

― 祝うということ。祝福するということ。そのために何かが必要なわけではない。立派な会場、豪華な料理、派手な衣装…そんなものがなくてもハッピーになれることを、プエルトガレリアンは知っている。自然が、いちばん、幸せです…それがアジアの穴場リゾート地、プエルトガレラのプエルトガレラウェディングなのだ。新しい海外ウェディングなのだ。

プエルトガレラはマニラからいちばん近いビーチリゾート、いいかえれば日本から距離的にいちばん近い外国のビーチリゾートだ。日本人にお馴染みのセブやボラカイと違ってビーチの他にも見所がある。しかも、まだセブ、ボラカイ並に観光地化されていないので値段も安いときている。「穴場保養地」との由縁だ。

合理主義者だからだろうか? 実際、そういう点に目をつけてくる欧米人は多く、現にヨーロッパから大人のカップルが口コミだけでひっそり海外挙式をしに訪れる。近頃は韓国人の増加も目を見張るものがあるが、日本人観光客はまだちらほらとしか見かけない。保養を楽しみながら、こんなに安く、気軽に旅行して挙式ができる海外リゾートがあるなんて、日本の方は思いもよらないだろう。

dalaruan cove sunset
"Dularuan Cove, Puerto Galera Bay" Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

pgw5
"Cristy & Allan" Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.


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(2007/03/03(土) 18:22)

 私が立っている場所。その3
そもそももともとそんなにモノに執着していたわけではない。日本デザインセンターで先輩コピーライターが「モノの自動化で、暮らしはますます便利になる」だったか「暮らしはますます豊かになる」とか書いているのを見た時、おおこれは俺とは違うな、これがコピーライターというものか、と感心したものだ。

彼は新製品が出るたびに借金をしてでも買い替えているようなひとだった。私はといえば、魂のすき間を言葉や写真で埋めようとしている人間で、コピーライターは殺人者か詩人かにニ分されるというが、明らかに後者のタイプだった。その頃、ものがうまく喋れなくて、先輩アートディレクターに「おまえ、コピーライターだろう?」(もっとうまく喋れよ)と揶揄されたことを覚えている。

広告との接点といえば、そういう文学的側面のほかに、凝り性というか本物か偽物かにこだわるところがあり納得できるモノやコトを徹底的に追求していく側面だろうか。潔癖な性格のなせる技かも知れないが、これが皮肉にも広告企画制作においては活用され開発されていったのだ。

だがある時、常に製品に完璧を求めようとして、あれは駄目これも駄目と買い替えている自分に対して思ったのだ。いったい終わりはあるのかい? レガシィ・ツーリングワゴン250T本革シート仕様を新古で買った頃だった。

クライアントの社長が運転するセルシオの助手席に乗せてもらった時には感激したものだ。まるで走っていないかのような静寂さ、乗り心地、しかしそうとう速い。フロントウィンドウの小雨を音もなく拭う小さなワイパー! スーッ、と移動している!

私は明らかにセルシオとレガシィを比較していたのである。そして思ったのである。いったいきりがあるんだろうか? セルシオとレガシィを比較して不満に思っている俺はなんなんだ?

この感慨は、カナダに暮らす人々に出会ってますます増幅された。広大なカナダではほとんどが田舎で、そういうところに暮らす人々は日本人の感覚からすると一様に貧しい。物質的にいってだ。しかし、一様に幸せに見える。ボロボロのクルマを後生大事に乗っている。ブランド品やモノを猿みたいに信奉しているのはなぜかアジアから来た人々だ。

そして私はもっとモノを大切にすることにしたのだ。ボロボロになるまで使いきることにしたのだ。そうすればきっと、幸せは後から付いてくると確信したのだ。モノに過度に依存するマテリアリズムからは幸福は生まれない。永遠の気休めの連鎖だけだ。

この時代、地球上のどこにいても、みんながシンプルなライフスタイルを取り戻せば、環境も回復してくるし、もっとハッピーになれると思う。Sustainable Economyというやつだ。

私は釣り師だが、ホームグラウンドであった浜名湖なぞは年々歳々魚が目に見えて少なくなっていた。自然の恩恵をもっと尊び、低成長を甘受して日常生活のなかに小さな歓びを見いだすことは、伝統的な日本の精神性からいって日本人にはたやすいはずだ。

しかし、この考えも、他国でまだまだマテリアリズムが幅を利かせている今はまだまだ奇想天外に響くだろう。それを承知で、わかっている或はわかるひとには賛同してもらいたいと思う。

こうした信念から、スローガンとする"Economy & Ecology, ECOH!"が生まれた。[Puerto Galera Wedding]のプロジェクトは"Economy & Ecology, ECOH!"のコンセプトをプエルトガレラを舞台に実験するものである。フィリピンに移住後、2005年9月に立ちあげた自分の写真作品とバックグラウンドを紹介した英語版ウェブサイトにこれまでの経緯があるので、ご覧いただければと思う。

アドレスは、http://www.ecoh.biz.ly。最初は英語に徹していたのだが、異国で暮らせば暮らすほど不思議に日本語で考えるようになって、見出しを日本語にしたり、リアルブログhttp://www.ecoh.biz.ly/realblog.htmlも日本語で書いた文章をgifでupしたりしている(日本語が使えないため)。

ECOH!


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(2007/03/02(金) 12:01)