アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding]
   海外挙式や穴場保養地に、フィリピンの著名なリゾート地プエルトガレラから現地情報。世界で最も美しい湾の一つは異次元の空気感、何もなくてもハッピーです。
  >> ホーム
  >> RSS1.0

MacディスプレイsRGB IEC61966-2.1
ネイティブ・ホワイトポイント基準。
Mac Display sRGB IEC61966-2.1 Native
Whitepoint Standard.

プロフィール

Tetsuya Endo (Ted)

Author:Tetsuya Endo (Ted)
1961年、静岡県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒。
日本デザインセンター、東京グラフィックデザイナーズをはじめ広告企画制作業界でコピーライター、後クリエーティブディレクターとして15年以上務めるも、売れども売れども、買えども買えども満たされず。カメラを手にカナダ横断を往復するドライブで「アジアの日本人」である以外何者でもないアイデンティティを悟るとフィリピンに移住。トロピカルリゾート地プエルトガレラで、サステイナブルエコノミーを目指しEconomy & Ecology, ECOH!をスローガンに、新しいビジネスに挑戦中。日本にいちばん近く安い、海外ウェディングのメッカをつくろう。個人・グループのお客様にマニラからのトランスポーテーション手配、マニラ・プエルトガレラの宿泊手配をします。また、写真撮影も行います。平行して、フォト&ノンフィクション"Transition Japan""A Man Goes to North"等を上市できる出版社を探しています。

escarsceo

タイムスパンを3年に区切って(3年で事業として目処が立たぬなら撤退)活動しています。人をタダ働きさせたうえ情報だけ盗む、義理人情のない非人間的行動はお慎みください。自分本位な方が来ても日本人の評判を貶めるだけです

powered by ECOH!



コメントは自由にしていただいて結構ですが、下記連絡先にはお取引きの意志がある方のみご連絡お願いします(ご返事がいただけない方は御免被ります):
tetsu95jp@yahoo.co.jp
webmaster@ecoh.biz.lyは機能しなくなったので上記でお願いします。また「なりすましメール」受信拒否設定したので、メール転送サービスやメーリングリスト経由のメール、またはプロバイダの提供するメールアドレスを送信メールアドレスに設定して該当プロバイダ以外のメールサーバーから送信はしないでください。
tel: +63.928.707.2843

スカイプ(無料通話)

月別アーカイブ

ビジネスライセンスパーミット

bizpermission1
bizplate1
bizpermission2
bizlplate2

フィリピン政府観光省検定合格

certificate of dotp22
certificate of dotp33

シリアルバッジNo.1037

certificate of dotp4

certificate of dotp

advertisements

警告!

画像の無断使用は禁止です。

By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

advertisements

 風に触れたり、歌ってみたり、自然がいちばん幸せです。
何もしないでも、同じところに立ち止まっていても、変わりやすく、予測がつかぬプエルトガレラの天候は、麗しい野山、海の表情や感じ方を刻一刻と移ろわせ、飽きさせてはくれない。まるですぐに怒ったり、怒ったかと思うとすぐに笑っていたり、泣いたかていたと思うともう涼しい顔をしている、そんな奴を相手にしているかのようだ。

pg-sea

pg-seaa

pg-seab

pg-seac

pg-sead

pg-sea1

pg-sea2

pg-sea3

pg-sea4

pg-sea5

pg-sea8

pg-sea10

pg-sea11

pg-sea12

pg-sea13

pg-sea15

pg-sea16

hiking1a
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:ある日の風景や景色 - ジャンル:写真

アップデイトプエルトガレラ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/30(土) 18:18)

 海を見おろすゴルフ場でのウェディング“ポンデローサウェデイング”。
ビーチや珊瑚礁だけでなく、手つかずといってもいい野山の自然の起伏に富んでいるのがプエルトガレラ。ビーチウェディング、ガーデンウェディング、アンダーウォーターウェディング…、アジアの穴場海外リゾート「プエルトガレラウェディング」におきまりのパターンなどない。というわけで、海外リソートウェディングとしては少々型破りなウェディング会場とプランをご紹介しましょう。

ポンデローサゴルフクラブ(Ponderosa Golf Country Club)はムーリエ港やバラテロ港からホワイトビーチに向かう途上を左折したところにあります。丘陵の坂道をクルマで15分ほど登った終着点にありますが、1年前に訪れたときはまだ舗装工事の最中で辿り着けずずいぶん人里離れたところに感じられたものです。ところがいまや狭いながらも舗装路でスーッと行くことができます。ほんとうにプエルトガレラも日に日にインフラが整い便利になっていってしまいます。来るなら早いに越したことはありません。来年は山の高いところで風力発電の建設が始まるそうです。

ゴルフクラブがあるのは海抜600m付近で、整備された本格的なゴルフコースというよりもごくごく素朴なものです。私はゴルフはやりませんが、プエルトガレラ在住10年のA氏によると“いつも風が涼しい、しかし強い。高低の多い斜面に9ホール、フェーアーウェイを一部重複しながら18ホール回れる。狭く硬いファーウェー、強い風、ラフは深い草地か崖の下、とロストボール量産の条件が揃っている。日本で100前後のゴルファーなら2ホールに1個のロストを覚悟したほうが良い。”“グリーンフィー300ペソ、キャディーフィー150ペソ、貸しクラブ200ペソ。”(「プエルトガレラ:ミンドロ島の真珠 もしかすると地上の最後の楽園ご案内」2005年12月より)。

しかし、なんといっても素晴らしいのは眺め。2005年にフランスベースでユネスコをサポートする"Most Beautiful Bays in the World Club"に「世界で最も美しい湾のひとつ」とされたプエルトガレラ湾を望み、また遠方にはヴェルデアイランド、マリカバンアイランド、さらにその向こうにはルソン島バタンガスが。このプエルトガレラで最も素晴らしい景観の中で行うウェディングは気分も爽快です。

パーティ会場に打ってつけの場所は1番ホール(いちばん上の写真)。花嫁花婿を囲んで列席者みんなでゴルフに興じ汗を流した後にビールで祝うスタイルもスポーティかつワイルドだし、ゴルフをやらなくともこのロケーションはパーティ会場として十分楽しめるものです。気をつけたいのは風が強いこと。この常夏の地で風は涼しくていいのですが、状況によりお料理のため仮設の風よけを設置するかも知れません。来てもらえるとわかりますが、本当にワイルドです。

クラブハウスもあるのですが(犬が座っている写真はその外側)狭いのでパーティには向かないでしょう。また、簡単な料理や飲み物ならできるのですが、本格的な料理はできないので、「ローカルなパーティ料理(婚礼料理)について」で紹介したような友人たちやプロの料理人たちを雇いその場で調理してもらうガーデンパーティスタイルになります。プエルトガレラにはなぜか旨いイタリアレストラン(多くはイタリア人の夫とフィリピン人の妻が経営および調理)が多く、交渉すれば出張して作ってくれる可能性もあります。おいしくて新鮮でワイルドなフィリピン料理とイタリア料理の組合わせなんて、考えただけでゾクゾクしてきます! もしもガーデンパーティスタイルでなくきちんとテーブルと腰掛けで食事したいならそれも可能だし、お料理も低地で作ってここまで運んでくることも可能です。いずれにしても「別天地」を満喫してください!

なお、ゴルフクラブには宿泊施設がないので、ホテルは別に低地に取る必要があります。距離的には、ホワイトビーチにマルコマルコヴィンセントをはじめ沢山のホテルがあるし、ナグラビーチリゾート
http://puertogalerawedding.blog95.fc2.com/blog-entry-21.htmlで紹介)やホテル&レストランリゾート サンドバー・ブケテビーチクラブ
http://puertogalerawedding.blog95.fc2.com/blog-entry-22.htmlおよびhttp://puertogalerawedding.blog95.fc2.com/blog-entry-40.htmlで紹介)、日本人経営で日本語が通じるオリエンタルパールリゾートも比較的近く。素晴らしいロケーションのホテルでビーチを愉しみ、さらに遥か遠くまで海を見おろす絶景の中でウェディングを挙げるなんて、なんて贅沢なひとときでしょうか?

ponderosa1b

ponderosa2a

ponderosa4

ponderosa5
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:海外ウェディング - ジャンル:結婚・家庭生活

Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/26(火) 18:12)

 "Saint Fatima May 13th"のプロセション。
※訂正:下記記事においてこの世はイエスキリストが創造したとフィリピンでは教えられている、と述べていますが、間違いです。人間の姿形をした「創造主(グランファーザー)」です。バイブリヤと呼ばれる小学生用の絵本教科書を見たとき、描かれていた「創造主(グランファーザー)」の絵がキリストのイメージそのものだったので勘違いしました。考えてみれば紀元前のことをキリストが成し得るわけはないわけで、私の偏見が混ざっていたと認めざるを得ません。下記訂正しておきます。


たとえ保養や海外ウェディングに来るだけでも、プエルトガレラと関わりを持つのだからローカルのことについて知っておいて欲しいと思う。繰り返し言うが、プエルトガレラはハワイやセブのように観光化された観光地ではない。そういうメジャーな所のように“よそ向き”の顔を持っているのはせいぜいサバンやホワイトビーチぐらい。旅行者ですという顔をしてホテルに閉じ籠って地元の人たちに素っ気なく接するのは、プエルトガレラに来た価値を自ら半減するようなものだ。そこで、先月5月末にあったもうひとつの祭りに関連して。
私の住むプエルトガレラのバランガイ・ポブラシオンには年2回のFiestaがあるという。ひとつは12/8の"Feast of Immaculate Conception"(穢れなき懐妊の祝宴)で、もうひとつが"Saint Fatima May 13th"だ。先月5月は選挙の投票があったため例年は5/13だが31日に変更された。Fatimaとはバイブルに登場する僧で、ポブラシオンのPatronだそうだ。地域の守護神的存在であろう。因みに前回「リゾートの人たちが行くリゾート」で祭りを紹介した隣町サンチェドロのタクリガン・シティオ・マササのPatronはSan Ishidoroで、双方ともVirgin Maryを同時にPatronとして頂くそうだ。Immaculate ConceptionとはVirgin Maryのことで、そういえばプエルトガレラのサンタマリア教会の正式名称はImmaculate Conception Church of Puerto Galera。やはり、プエルトガレラは“母の愛”の地だったわけである。
たまたま目にした公立小学校の教科書が絵入りのバイブルで、のっけからこの天地はイエスキリスト創造主(グランファーザー)が創造したと触れ回っているから、フィリピン人が人間様中心の思考回路を変えられないのもむべなるかな。私が子供であっても人間の姿形をしたイエスキリスト創造主(グランファーザー)なるものがこの有難い宇宙を与えてくださったと信じ込んでしまうに違いない。この宗教観の徹底こそが、フィリピンという国の抱える諸刃の剣なのだが、プロテスタント以降の利潤追求至上主義の弊害から逃れてきた私としては、温故知新というかかえってその恩恵から何かを学びたいと思う。
けだし、かようにカトリシズムに支配されているような国民であっても、「人間は大地に属する。大地が人間に属するのではない」というアジアンスピリットを同時に保ち続けていることに不思議を感ずる。彼らのローマンカトリックは西洋のローマンカトリックとは明らかに違う。彼らはボトルを開けると、キャップ一杯分を宙に撒き、最後に残りを少し底に余す。大気中に存在する精霊のため、精霊たちとシェアするのだ。霊とはなにも人間様の霊魂だけではない、天羅万象の霊だ。日本人が「いただきます」と感謝して食物を口にするのと同様だ。
"Saint Fatima May 13th"は"Flores de Mayo(花の5月)"と各地個有のPatron(バイブル上の人物)を称える"Sagala"も併せた、生と収穫を感謝する一種のThanks Giving(神への収穫の感謝)だが、彼らは神を通じて自然や大地への感謝を行っているという。われわれ日本人はいろいろ細分化するのが好きで、それぞれを別けてあっちこっちの神様やら仏様に手を合わせるのが得意だが、フィリピン人はなんでもかんでも一緒くたにしてしまっている感がある。結果良ければオーライ、ということなのだろうが、潔癖性の私としてはやはり「イエス」は「自然」ではないと考えてしまう。しかし、特に戦後、日本人はどんな「神」も受け入れ分裂病のような猿のような規範のない状態に陥っているのだから、なにかひとつの物差しを持つ(にまとめる)のはいいことかも知れない。戦後、なんでも捨ててきた日本人とは好対照に、フィリピン人は人間でも物でも簡単に捨てたりなどしない。そのために特異な宗教体系が築かれてきたのだろう。
さて、プロセション(パレード)だが、ひとりひとりの参加者がすべてバイブルの中の登場人物を演じているそうだ。誰を演じるかは教会やバランガイオフィス等から指定されるとのこと。コミュニティで顔役でその娘のルックスがよいとクィーンに選ばれるらしい。若い女性たちが華やかな衣装を纏っているが、すべて自前というわけではないらしい。プエルトガレラよりも貧乏なバランガイやシティオでは特に、お金持ちが寄付金を出し、そのためそのお金持ちの娘が、いちばん下の方の写真のように行列のいちばん最後に控える“クィーン”役に選ばれることもあるという。金で選ばれるというと聞こえは悪いが、その場合彼女ら(その家族)はコミュニティに対し文字通り「パトロン」役を果たしているわけだ。
写真には"Reyna Elena2"とあるが、これはVirgin Maryのことだそうで1、2、3とあるのだそうだ(なぜだ?)。Virgin Maryなのに男の子がエスコートしているのはクィーン役だからなのだそうだ(よくわからん!)。その背後に控えしはSanta ElenaそしてVirgin Maryの偶像と続くわけだが、Santa Elenaはバイブル中の美の女神だそうで、だからだからか彼女には羽が生えていてエスコート役がおらず一人だ(本当だろうか?)。私の友人はそんなに信心深くないので、間違っていたらごめんなさい。どなたかカトリックに詳しい方がいてご存知なら教えてくだされば幸いです。

※以下の写真も、他の記事の写真と同様に、クリックして大きくクリアな画像でお楽しみください。sagala21lcc

sagala18

sagala25

sagala30

sagala37

sagala14s

sagala11clc
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

アップデイトプエルトガレラ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/25(月) 19:50)

 リゾートの人たちが行くリゾート。
先月5月末には立て続けに祭りがあった。"Flores de Mayo(花の5月)"と呼ばれ各地でFiestaが催されるからだ。Fiestaでは各地個有のPatron(バイブル上の人物)を称える"Sagala"も併せて、生と収穫を感謝する一種のThanks Giving(神への収穫の感謝)と捉えてよいだろう。近所に住む友達のEddieが彼の故郷TacliganのFiestaに来ないかと誘うので気分転換に行ってみることにした。

TacliganはPuerto Galeraの隣町San TeodoroのひとつのBarangayである。Barangayとはかつてフィリピン人先祖がフィリピンに辿り着いた舟に由来するコミュニティ単位で、日本人が知るいちばん近い概念は「村」。話が横道に逸れるが、このBarangayという単位はマニラのような都市でもいまだに使われている。都会でもフィリピンの人たちが垢抜けないのが納得できる一方、わが国がそうした“田舎臭い”社会の枠組み(つまりコミュニティ=生活共同体基盤)をどんどん壊して病んでいったのを見ると、古い慣習を捨て去ることが人間にとって必ずしも幸せではないのではないかとも思える。それはさておき、EddieはいつもTacliganへ行こう、いいところでビーチもある、といっていたのだが、かつてSan Teodoroの何の変哲もない灰色の砂浜を観察したことがあった私は格別期待などしていなかったのである。

海岸沿いのデコボコの峠道をクルマで45分も走るとTacliganへの入り口が現れた。そこは私が予期した場所ではなく、国道からの分岐点を海岸方面に向かって走ると、国道沿いとはまったく違った別次元ののどかで牧歌的な風景が飛び込んできた。例えていえば、急に北ルソンかどこか別のところにスリップしてしまった感覚である。聞けばここの住人は大工が多く出稼ぎに出かける他、農業に従事しているとのこと。鬱蒼とした椰子林のなか、ポツリ、ポツリと集落が固まっており、クルマを降りたところではすでに宴はたけなわとなっていた。

※以下の写真はそれぞれクリックしてオリジナルサイズでお楽しみください。fiesta dishes

とうに昼ごはんの時間は過ぎており、最初に訪問した家のテーブルには3時のおやつに近い料理が並んでいた。写真のいちばん手前はバナナの葉に包んで蒸されたSumah(Sweet Rice)で、餅米を使用しており文字通り甘い。ティータイムやコーヒータイムのためのスナックだそうだ。パラワン島やルソン島パンガシナン州では竹の筒に入った少し塩っぱさもあるライスがあったから、このSweet Riceはタガログ文化かも知れぬ。その右手にあるのは砂糖! 甘みが物足らぬ人はさらにこの砂糖を付けていただくのだそうだ。私自身フィリピンに来た当初なんでも甘いのには閉口したが近ごろ少しずつ慣れてきた。というのも、暑い気候の中で毎日を過ごしていると不思議に少し甘い方が口に合ってくるのだ。

テーブルのほぼ中央にあるのはPork Adobo、豚肉を醤油で甘辛く煮たフィリピンではポピュラーな料理であるが特徴的なのは油(ココナツ油であることが多い)が使用されている。フィリピン料理で閉口するのは時として油っこすぎることである。人々も同様に油っこい。あっさりしていたらそれはフィリピン人ではないであろう。しかし陽性なので付き合ううえで苦にならない。ところで、なぜPork Adoboかというとこれは写真の左上にあるPansit Bihon(ビーフン)のためで、ビーフンをつまんだとき欲しくなるのだそうだ。本当にフィリピン人(タガログ族?)はくどいものが好きだといわざるをえない。ところで、緑色をしたデザートはGilatinで、Gramanというゼラチン状のもの(何が素材かわからぬがこれのコールドドリンクがマニラ圏ではポピュラーである)、牛乳、パイナップルと砂糖で作るという。

訪ねる家々で食事を勧められる。各家で少しずついただくようにするのだそうだ。なにしろこのSitio(Barangayを構成するBarangayより小さい部落がSitio)の住人はほとんどEddieの親戚で顔見知りなのだそうだ。Eddieはわが大家Ms Sofia Bunquinの甥で、つまりSofiaもこのSitioからプエルトガレラに嫁いだわけだ。したがって彼女とその家族も、このFiestaのときには里帰りしていた。因みにSitioの名はMasasaであり、Fiestaの名称は正式には"Sitio Masasa Fiesta 2007"である。見渡す限りは顔見知りからなる一族郎党であって、異邦人は私ひとりであった。男どもは男どもだけで群れてテーブルを囲んでおり、ジンやブランデーを小さなグラスを送りながら回し飲みしていた。水でなど割らない。グイッと煽ってその後すぐ別の大きなグラスの水を飲み干すのである。これがフィリピン(タガログ?)スタイル。いやぁ、彼らの酒の強さといったらない。

herrera’s c

Eddieの実家に泊めてもらい翌朝早く目が覚めた。彼は3時頃まで飲んでいたというのに夜明けとともにもう騒いでいる。外に出てあたりを眺めてみると、やはり別次元の静寂と寛ぎであった。いろいろとフィリピンを旅して私はプエルトガレラが第一級のリゾート地だと思っていたし、実際マニラに出かけた後戻ってくるとホッとしたわけだ。が、アジアの穴場リゾート地プエルトガレラに住む人も行きたくなるリゾートがあったのだ。それは原始的なコミュニティであった。自然に支えられ、人が人に支えられた場所であった。あたかも「リゾート」とは「自然の中のふるさと」なのだと教えてくれているようだった。多くの日本人のふるさとはこんなに自然だろうか? たとえ帰省しても、まだ帰るところを探しているのが大多数の日本人であると思う。帰る場所を失った日本人は、いったいどこに帰ればいいというのだろう。

eddie w nephew b

herrera’s kitchen

herrera’s garden a

herrera’s field a

以上の写真に写っているのは、すべてEddieの母堂のものである(尊父は数年前亡くなった)。この土地は「幾らで売れる」という性質のものではない(あまりに僻地で経済的尺度からかけ離れている)が、それ以上の価値がある。なぜなら、お金では買えないものを私たちの目と耳と肌、五感に与え続けてくれるからだ。こういう場所を所有していたら、「幾らで売れた」という喜びでは測れない「満足感」を持って生きていけることと思う。母堂はいつもおだやかに笑っていて、いつも息子たちがこの家に帰ってくる。ただそれだけのことだが、それ以上の幸せはない。後ほど、彼女は私に、亡くなった旦那さんの若き日の写真を見せてくれた。

amor beach b

部落から数分歩いて海岸に出た。海水浴を楽しめる素朴で静かなビーチだった。2年ほど前にAmor Beach Resort、続いてRainbow Beach Resortが建設されたそうだ。プエルトガレラのように白い砂でなく灰色の砂のビーチで格段美しくはないが、ここもいわば穴場であり、シーズンには多くのフィリピン人が家族連れで訪れるという。1泊1,000ペソ位で泊まれるようだ。沖合まで岩や珊瑚礁がない砂地の底なので泳ぐには最適。そう聞いて、釣り師の私はここでは投げ釣りも可能ではないかと思い聞き取りをしたのだが、そう多くの魚はいないという。潮流が弱いからだろうか? 波もなく静かすぎるといえば静かすぎる。バンカボートを使って沖合では釣りを楽しめるそうだ。ここで投げ竿を使って釣りをした人はいないそうだから、いつの日か4m超のサーフキャスティングロッドと大型スピニングリールを手に入れることができたら試してみたいものだ。

tatus, ayama

Sitioの真ん中に戻ったら珍しいものを供された。男どもはまだまだ飲み続けているが、中には横になって眠っている者もいる。左の皿の左側と右の皿に乗っているのは海老に見えるが、Tatusといいサソリに近いという得体の知れぬ物体だ。左の皿の右側はAlimangoと呼ばれるAyama(蟹)である。両方近くのFish Pond(養魚池)で獲れたといい、泥臭いが旨い。酒の肴に好都合だ。Tatusは尻尾の部分が美味である。Alimangoはパラワン島で食したマングローブ蟹に似た野趣に富んだ味がしたが正直でかいマングローブ蟹の方が旨かった。しかし蟹は蟹である。ここTacliganでもAlimangoはキロ当り280ペソはするといい魚介類では別格の高さだ。これがプエルトガレラまで来るとキロ350ペソに跳ね上がるという。プエルトガレラは蟹で有名だそうだが、海で獲れる大きなものでMagtatawidと呼ばれ最も高価で私はまだ口にしたことがない。日本でよく見るガザミの形をしたものの他にも種類はあるようだ。Tatusについてはプエルトガレラでは獲れず、Tacliganでは1尾15ペソ位で手に入るそうだ。

after the fes a

after the fes aa

男どもはまだまだ飲み足らず、盛りあがっているが、外国人は私ひとりで英語で喋ってくれないのでタガログ語が解せぬ私はチンプンカンプンで、俺はちょっと横になる、と申し出た。昨夜、歌唱コンテスト等が催された特設ステージの向かえにベンチを備えたニッパ小屋があって、少しうとうとした。祭りはすでに終わっていたが、男たちはまだ飲み続けていた。私はそれがなんとなく愉快であった。ふと目を開けると、横になった私の目に祭りの飾りだけが眩しくきらめいていて、昨日の喧噪が嘘のように広場の地面にはその影が映されていた。日なたはまだまだ暑い。フィリピンのサマーシーズンはまだまだ終わらなかった。

fish pond a

このようなFish Pondがいくつもあり、前述のAlimango(養魚池の蟹)のほか海老やミルクフィッシュ、テラピアまで獲れるという。人工的に作られたものか、と訊くと天然のものだそうで、そして驚くことに塩水だというのだ。舐めてみると確かに塩っぱかった。大潮などの満潮時に海水が逆流して遡って溜まり、また湧き水もあるようだ。面白いのは前述のTatusのすみかで、Fish Pondや水路の岸の地面に洞穴を掘って住んでいるというのだ。その穴には塩水(海水)が浸っているという。いちどFish Pondで漁をしてみたいものである。

carabao
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.
おお、Carabao! 私たちが帰路につくためクルマに戻るとき突如目の前に現れた。プエルトガレラではあまり見かけないが、郊外ではまだまだ健在だ。散歩に連れられて戻ってきたところだったが、家々の周囲で泥にまみれて遊ぶ動物たちの姿も牧歌的だ。気分転換には意味のないことが意味があったりする。プエルトガレラに滞在してそこからまた少し遠征してみるなんて、贅沢なことだろうか? 少なくともEddieは、フィリピンのどこへも旅行したことないといっているが、私には贅沢な人生を送っているように思える。

テーマ:ロハス&エコロジーライフ - ジャンル:ライフ

フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/22(金) 18:16)

 ローカルなパーティ料理(婚礼料理)について。
手塩にかける、という言葉がある。おいしいフィリピン料理はこれに尽きる。フィリピンの人たちはカスタマーオリエンテッドの発想がなくていつも自分本位だという日本人がいるが、これはなんとしたことだろうか? 祝いの席はいつも自分たちの手で料理を作るところからはじまるのだ。わが大家一家がいつも祝い事の度に真夜中から夜通しで一睡もせずに調理をするので、なぜだ、昼間作っておいて翌日のために取っておけばいいじゃないか、というと、駄目だフレッシュではない、という。豚や山羊でさえ真夜中に殺してから調理するのだ。その間、彼らは飲んでいる。煙草を吸っている。喋りまくる。傍らで暮らしている私はいい迷惑なのだが、いい加減慣れてしまった。つまり、彼らのパーティは、自ら調理するところからはじまっているのである。なんだか、少年時代を過ごした榛原郡吉田町住吉の“お日待ち”を思い起こさせる。かつてはわが国でも隣組の寄り合いには、隣近所が集まって前日いや前々日から料理の下ごしらえをして備えたものだ。しかし、いまや祭りだってすっかりインスタントなものになってしまった。祭りなんて、ボタンを押せばポンと出てくる、そんなものではない。フィリピンでは、一族郎党単位で生きているためまだまだ、というかあたかもアイデンティティであるがごとく、こうした「もてなし」が盛んである。それは外に向けられたものではないが、しかしフィリピン人の世界一ともいえるホスピタリティの源泉になっている。思えば、思いやりとはやはり家族に向けられたものがベースなのではないか? 家族を思いやることができない者が、他者を思いやることなどできない。フィリピン人のホスピタリティの深さは、そういうことを示しているようにも思える。

partykitchen1
料理は、実に原始的な方法で調理される。火は薪と木炭のみ。大人数分を賄う大鍋が、ふつうのコンロでは収まらないためだ。

pigapritadaa
これは豚のApritada(アプリタダ)。醤油で煮る。他に材料はにんじん、豆、生姜、たまねぎ、にんにく、黒胡椒などが加えられる。

forgoatkaldireta

goatkaldireta
山羊のKaldireta(カルディレタ)である。カルディレタとアプリタダはパーティ料理の定番だ。肉は骨ごとブツ切りにされる。ポテト、にんじんとともにソテーされる。特徴的なのはピーナッツバターが使用されることだ。

letchon1

letchon2
Letchon(レチョン=子豚の丸焼き)を忘れてはならない。フィリピン全土でパーティには欠かせぬようだ。この豚は65Kgで3,500ペソだったという。もちろん生きているのを買って殺したのである。8時間もかけて焙られた。

partykitchen2
こうしたパーティ料理を調理するのはなぜかいつも男である。プロではない。一人前の男は一通り料理の仕方をわきまえているようだ。



先日、プエルトガレラの伝統的なパーティ料理(婚礼料理)の写真を撮るために、こんどはプロに調理してもらった。

partydishes1a
左から豚のKaldireta(カルディレタ)、上側がChapsoy(チャプソイ)、右が豚のApritada(アプリタダ)、そして下側がFish Sweet & Sour(フィッシュスィート&サウア=揚げ鰹の甘酢ソース和え)。これは5人前の例でライス込みで1,600ペソだった。因みに50人分だと10,000ペソ位で賄えるそうだ。一口にカルディレタ、アプリタダといってもかなり味は異なる。すきやきにもいろいろな味があるように調理人によって作り方も味の好みも異なるからだ。このときは漁師の家系の調理人だったため、魚料理の味は抜群だったがその他は正直いまひとつだった。殺したての素材を時間をかけて調理していなかったことも大きいと思う。こと商売となると、いろいろとややこしい問題は出てくる。身内をもてなすように商売するのは難しいかも知れないが、実際それで成功しているところはある。レチョン(豚の丸焼き)にしても3〜4時間しかかけないと聞いたところもある。そこは商売がかりでやっていたわけだ。なにごとも「心の持ち方」ひとつだと思う。私がお客様を連れてくるというと、フィリピーノの友達は、日本からおまえの友達が来るのか?という。ではおまえのアパートに泊まるのだな?という。いやそうではない、と説明するのだが、少なくともこういう連中と仕事をしたいものである。

All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:アジアンエスニック - ジャンル:グルメ

Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/18(月) 23:00)

 WOW, ハットまで出てきちゃった。
mangyan hat 5b

mangyan hat 6r

All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

出てきちゃった、というのはまことに意外だったからである。「プエルトガレラウェディング (PGW)」をプロモートするためにミンドロ島の土着民族のひとつであるイラヤ族と"PGW"プロダクツを共同開発しているわけだが、プエルトガレラにいくつもあるイラヤビレッジのうちいつもはタリパナンビレッジと取り引きしていた。しかし、ひょんなことからサバンビレッジの住人と知り合い、密かに別のプロジェクトの打診をしていたのである。すると、ブヒッド族出身の彼女は(フィリピンでもカナダのインディアンと同じく少数民族は近年部族間を渡り歩くらしい)ビジネスをしたいからと、いくつかの試作品を持って訪ねてきてくれたのである。そのなかのひとつがハットであったというわけだ。これも、以前紹介した「ネイティブリュック」と同素材のBuri(巨大な椰子科)の繊維を使用しているわけだが、タリパナンビレッジが作ったものとは細部がぜんぜん違う。彼女は「ネイティブリュック」を手にして嗤った。それもそのはずである。タリパナンのそれはまるでチクチクする手触りの悪いウールのようにささくれだっているのに対し、彼女の作ったものはビニールのように滑らかで軟らかいのである。これまで日本のディーラー様からもベルト製品について造りが粗いと指摘され、私はそれがフィリピンならではの原始性というかワイルドさだと思っていた。しかし、日本の万葉集にも匹敵する伝統文化を持つといわれるハヌノオ族に近いブヒッド族は日本人に相通ずるきめ細やかさを持ってきるのかも知れぬ。上の上下写真は同じ品で、ひさし部分を折っても延ばしても使用できる。「女ものか?」と聞いたらユニセックスだと主張していた。なるほど。プエルトガレラの暑い陽射しの下この帽子を花婿と花嫁の間で譲りあうそんな光景を見てみたいものだ。もはや"PGW"グッズの仲間入りだ。1個800円くらいで販売したいと考えている。興味のある方は頭のサイズとともに、下記までご連絡ください!

連絡先: Tetsuya Endo
C/O Sofia Bunquin, Aguada Subdivision, Poblacion
Puerto Galera, Oriental Mindoro 5203 PHILIPPINES
cell: +63.928.707.2843 email: tetsu95jp@yahoo.co.jp
[WOW, ハットまで出てきちゃった。]の続きを読む

テーマ:*ナチュラル スタイル* - ジャンル:ファッション・ブランド

エコなPGWグッズ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:1
(2007/06/16(土) 21:56)

 「プエルトガレラの光と陰」第一弾を再収録。
写真シリーズ「プエルトガレラの光と陰 (Time on Puerto Galera)」は英語サイトの"PUERTO GALERA NOW"をギャラリーとして展開していますが、サイトの容量が12MBと小さく写真データを保存していけません。そこでこのFC2ブログに再収録します。※写真をクリックして大きな画像(オリジナルサイズ)にてご鑑賞ください。

Whether poor or rich, the people have good faces when in a beautiful landscape. However, it be impossible taking more attractive pictures of them than that of the scene. Maybe because human beings can't exist other than artificially after all.
貧乏とか金持ちとかに関係なく、いい景色の中にいる人は、いい顔をしている。しかし、その人たちを風景以上に美しく撮ろうとしても、かなわない。所詮、人間は人工的である以外、生きてはいけないからだろうか。


1.aguada1

2.aguada-c

3.aguada2

4.small-tabinay2

5.sto-nino

6.aguada-a

7.small-tabinay1

8.aguada-b

9.varadero-bay
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

上記写真の関連写真が、DL-MARKETでお買い求めいただけます。
[斜面を購入する][薄暮を購入する]

テーマ:自然の写真 - ジャンル:写真

プエルトガレラの光と陰 (Time on Puerto Galera) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/12(火) 17:04)

 「プエルトガレラの光と陰」第二弾UP。
英語サイトの"PUERTO GALERA NOW"にて写真シリーズ「プエルトガレラの光と陰 (Time on Puerto Galera)」をリニューアルアップしました。序文は、

街道の闇、闇よりも濃い樹木の闇の姿はいまも私の眼に殘つてゐる。それを思ひ浮べるたびに、私は今ゐる會のどこへ行つても電燈の光の流れてゐる夜を薄つ汚なく思はないではゐられないのである。梶井基次郎「闇の繪巻」より
"The roadside darkness or how dark the thicker woods than the dark around were still remains in my eyes. Whenever recalling it, I cannot help feeling dirty for the night with full of lights wherever seen in urban areas now." From "Yami-no-emaki (Picture Scroll of Darkness)" by Motojiro Kajii


ぜひご覧ください。(http://www.ecoh.biz.ly/custom.html及び以降のページ)

time on pg2
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:詩と写真 - ジャンル:写真

お知らせしておきたいこと Announcement | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/11(月) 23:03)

 「人前式」で挙式するための手続きについて。
さて、いよいよ憧れの秘島プエルトガレラウェディングで結婚式を挙げることになったお二人のために、どのようにプエルトガレラで人前式の挙式を行うか、具体的な段取りをご紹介します。前にも述べたように、カトリック教徒ではない日本人同士の結婚の場合はカトリック教会式より人前式が現実的です。

海外挙式には日本で戸籍上夫婦となってから行う「ブレッシングウェディング」と現地の台帳にも記載され法的にも効力を持つ「リーガルウェディング」があり、リゾート地はブレッシングウェディング以外は受け付けない場所もあるとされますが(ウエディングパーク-結婚式場探し|結婚準備・結婚式・結婚式場のクチコミ情報サイト参照)、プエルトガレラでは「リーガルウェディング」も可能です。外国人の場合は判事や町長などを立会人とした人前式が多く、現地では"Civil Wedding"と呼んでいます。式自体は日本で行われている人前式とほぼ同じで、キリスト教式のようにバイブルを前に誓約、指輪の交換、といった具合に進みます。

Civil Weddingを行うのは何も異教徒である外国人ばかりではなく、カトリック教徒であるフィリピン人であっても事情により行うことがあります。「励ましたり、励まされたりして、生きている。〜3」で紹介した、友人のエディ夫妻も婚姻時は判事を前にした人前式でした。しかしそこはやはりカトリック教徒、いつかは教会で式を挙げたいと考えていて、とうとう8年目にして夢を叶えたわけです。カトリック教徒でない日本人の場合は、しかし、プエルトガレラの町長に立会人になってもらっての挙式の方がむしろプエルトガレラらしいアットホームな感じでしかも台帳にも記録が残り、思い出深いものになるでしょう。町役場での手続きに700ペソかかり、町長等立会人への謝礼はカップルによりますが平均5,000ペソ位とのことです。

この6月に新しく町長に就任するDr Hubbert Christopher A Dolor, MD, MPAは私の友人でもあります。まだ30代で若いのですが、町立病院の所長をしていて私がビジネスパーミットを得るため健康診断書を取りに行ったとき、「日本は戦争であんなに酷いことをしたのに、あなたはなぜ永住しようとこの国に来たのだ?」と真顔で訊かれ正直感動しました。この男はマジだ、と思いました。彼からは選挙戦の広報宣伝要員として誘われましたが、そんな助力の必要さえなく彼の圧勝でした。

話がちょっと逸れましたが、Civil Weddingの手続きは前述したChurch Weddingのそれと同様に当事者双方がプエルトガレラ町役場に出向いて申し込みます。必要になる書類は、双方の婚姻要件具備証明書(いわゆる独身証明)、出生証明書(日本人の場合は必要ないかも知れません)、そしてパスポート。婚姻要件具備証明書はマニラの日本大使館で発行されますが、そのとき戸籍謄(抄)本等が必要になるので、日本を発つ前に本籍地の役所から取り寄せておかねばなりません。日本大使館でも本人が出向かねばならず、書類は翌日午後2時以降に交付されるため、マニラで最低でも一泊する必要があります。

プエルトガレラ町役場では申請から10日後に婚姻許可証(Marriage license)が発行されます。この期間の短縮化は検討課題とのことですが、現状では「リーガルウェディング」を行う場合カップルは招待客に先立ち挙式の最低11日前にはマニラに到着していなければなりません。プエルトガレラでは滞在費も安いので一生に一度の保養とお考えいただければと思います。また、フィリピンには日本のように貸衣装のシステムはなくウェディングドレスは全てオーダーメイド(といっても1,000ペソも出せば十分な品が入手可能)で、発注から納品まで1週間位かかるのでちょうどよいタイミングかも知れません。

しかし、それでも、挙式まで10日以上も現地で待つのは無理だという場合は、到着してすぐ挙式できる「ブレッシングウェディング」という手がありますし(その場合も町長等名士を立会人とすることが可能)、衣装も日本から持参いただくことが可能です。ヨーロッパからのカップルにはそうしたケースも多いと聞きます。



以上は、日本人同士のカップルがプエルトガレラで「リーガルウェデイング」(Civil Wedding)を挙げることを中心に述べましたが、日本人とフィリピン人のカップルでCivil Weddingを挙げようとしておられる方も多いと思います。愛知県在住でフィリピン人の旦那さんと結婚されているmikoさんが貴重な体験談を綴っておられるので、参考になると思います。

bouquet-with-bride
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:ウェディング - ジャンル:結婚・家庭生活

Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:1 | レス:1
(2007/06/09(土) 15:00)

 美しい心のあり方。
安倍晋三首相は成蹊大学の先輩である。「桃李もの言わざれども下おのずから蹊を成す(桃やすももは口を利くわけではないが、そのかぐわしく美しい花や実を求めて人々が集まり、その下には自然に小道ができるようになる。すぐれた人格や徳行の持主の存在は格別の宣伝をするまでもなく知られるもので、多くの人々が慕うこと桃李のごとくである)」(1983年成蹊大学学生手帳より)とする学び舎からわが国の宰相が生まれたことはまことに喜ばしい。先日在フィリピン大使館のホームページを開いたら、「美しい国づくり」をスローガンに掲げる安倍首相が美しい国づくりプロジェクト第一弾として「美しい日本の粋(すい)」を募集していた

あなたが思う、日本の“らしさ”“ならでは”とは、何ですか。
「日本が様々な分野で本来持っている良さや『薫り豊かな』もの」、
「失われつつあるが途絶えさせてはいけないもの」、
「かつては美しかったが美しくなくなってしまったもの」、
「実はその美しさにまだ気づいていないもの」、
そして、「これから作り上げるべき美しいもの」

そのような日本の“らしさ”“ならでは”を教えてください。

例えば、
山・森・海といった自然や、田園や里山、瓦屋根のある町並み、
日本語の美しさ、謙譲の美徳、礼儀正しさ、凛とした立ち居・振る舞い、
畳や襖のある生活、障子からもれる光、日本食、
匠のワザ、省エネルギーを実現する先端技術、 調和や融和の精神、勤勉さ。
このように、自然、文化、芸術、伝統、技術、さらにはその中にある質や感性もあるかもしれません。

あなたが思う、日本の“らしさ”“ならでは”を、以下の様式にそって、日本語で、各々ご記入の上、送付ください。


とするのである。日本らしさとは、心のあり方にほかならない。国を成すのは人であり、風景は人の心のあり方が映し出されるからだ。この「日本らしさとは何か?」という問いに答えるならフィリピンに来ねばなるまい。ここも第ニのアメリカだが、戦後日本人が捨ててきた大切な何かがこの国と社会の根幹を成しているからである。そして田舎へ行くことだ。衆の中に分け入って暮らせば、日本ではわからなくなってしまったことがわかるだろう。家族とはどういうものなのか、そして助けあう人間というものの存在をフィリピンの人々は教えてくれるであろう。

macarascas girls a
パラワン島プエルトプリンセサ・マカラスカスにて
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:海外こぼれ話 - ジャンル:ニュース

フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/08(金) 11:48)

 プエルトガレラ・サンタマリア教会で挙式するには?
なんということだろうか? 昨年プエルトガレラに引っ越した目の前でウェディングが繰り広げられていて奇遇を喜んだのだが、なんとその隣人である花婿アランが5月31日にカナダに行ってしまったのである。聞けば花嫁クリスティの親戚筋がユーコンのホワイトホースに住んでいて近くクリスティも向かうのだという。労働ビザで渡り、ゆくゆくはカナダに移住するつもりなのだそうだ。カナダを諦めてフィリピンに渡った私の前でカナダに移住する人が、フィリピンでの私の夢を体現していたアランたちだったとは、なんという運命の皮肉だろうか。私の場合真正面から移住しようとしてIELTSの壁とカナダ政府の差別政策にぶち当たったわけだが、フィリピン人の世界へ出ていく地盤の確かさを思い知った。彼らの英語は正直私より劣るのだ。それはさておき、せっかくあんなにみんなで結婚式をこのプエルトガレラで祝ったのにすぐに外国に出ていってしまうなら意味ないじゃん、と少しセンチメンタルな気分になってしまった。だが、この思いは矛盾している。私は日本から花嫁、花婿をプエルトガレラに招いて、思い出を作って帰ってもらおうとしているのだ。それはわかっている。しかし、ここで式を挙げたら、ここで暮らして欲しいというムチャクチャな願いがあるのも確かなのだ。ここは私にとって観光地というより暮らしの場なのだから。まあ、少なくともみなさんここに帰ってきて欲しいとは思う。たとえ私がいなくなっても。

さて「サンタマリア教会で挙式するには?」として下のアランたちの挙式の写真をアップして感傷に浸ってしまったが、本題に移ることにしよう。プエルトガレラのほぼ中心に位置する同教会(Immaculate Conception Church of Puerto Galera)は、前にも述べたように住民のマジョリティを占めるローマンカトリック教徒の信仰の中心で、日曜毎にミサが捧げられ、また冠婚葬祭が繰り広げられる本物の教会だ。外国人がここで式を挙げてもらうには、新婦新郎のいずれかがローマンカトリック教徒であることが条件になる。双方が異教徒である場合は認められない。これはフィリピンのいずれのローマンカトリック教会でも同じ筈だ。日本人の場合はローマンカトリック教徒は少数派で、もちろん改宗すれば挙式は可能だが、日本人同士がこの教会で式を挙げようとするのはあまり現実的とはいえなさそうだ。ヨーロッパからのプロテスタントのカップルたちがそうであるように、日本人同士のカップルも人前式ということになろう。ビーチウェディングやロケーションウェディングが好まれるのはこのためなのだ。

プエルトガレラの人前式については後で詳述するとして、カトリック教徒であるフィリピン人と日本人のカップルならばサンタマリア教会での挙式もありえる。日本人とフィリピン人との間の婚姻手続については在フィリピン日本大使館のホームページに詳しい説明があるので参照いただきたい。まず日本大使館で婚姻要件具備証明書(いわゆる独身証明)を入手せねばならないが、その際申請に戸籍謄(抄)本等が必要になる。日本から来られる方は持参すればよいし、フィリピン在住の方でも本籍地の役所で親族等代理人に受け取ってもらい送ってもらえばよい。プエルトガレラでの段取りは次のようになる。日本大使館で発行してもらった婚姻要件具備証明書 (Certificate of legal capacity to contract marriage)、婚姻相手(フィリピン人)の出生証明書 (Certified true copy of the applicant's birth certificate) 、およびパスポートを持参で当事者双方がプエルトガレラ町役場を訪れる。10日後に婚姻許可証(Marriage license)が発行されるが、町役場に出向いたその足でサンタマリア教会で挙式の申込みをすると、約1か月後に牧師さんの面接、結婚前セミナー(2日間)が行われ挙式となる。申込みから挙式まで1か月もかかってしまうのは州都カラパンの司教から許可を得るためだそうだ。町役場での手続きに700ペソ、教会でのお布施は650ペソとのことだが、教会では皆さん懐具合に応じて寄付金を納めているとのことだ。

allan cristy-5a
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:国際結婚 - ジャンル:結婚・家庭生活

Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/06/06(水) 15:20)

copyright © 2007-2008 アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding] all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. / PHPウェブログシステム3 / ネットマニア
無料ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ