アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding]
   海外挙式や穴場保養地に、フィリピンの著名なリゾート地プエルトガレラから現地情報。世界で最も美しい湾の一つは異次元の空気感、何もなくてもハッピーです。
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プロフィール

Tetsuya Endo (Ted)

Author:Tetsuya Endo (Ted)
1961年、静岡県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒。
日本デザインセンター、東京グラフィックデザイナーズをはじめ広告企画制作業界でコピーライター、後クリエーティブディレクターとして15年以上務めるも、売れども売れども、買えども買えども満たされず。カメラを手にカナダ横断を往復するドライブで「アジアの日本人」である以外何者でもないアイデンティティを悟るとフィリピンに移住。トロピカルリゾート地プエルトガレラで、サステイナブルエコノミーを目指しEconomy & Ecology, ECOH!をスローガンに、新しいビジネスに挑戦中。日本にいちばん近く安い、海外ウェディングのメッカをつくろう。個人・グループのお客様にマニラからのトランスポーテーション手配、マニラ・プエルトガレラの宿泊手配をします。また、写真撮影も行います。平行して、フォト&ノンフィクション"Transition Japan""A Man Goes to North"等を上市できる出版社を探しています。

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タイムスパンを3年に区切って(3年で事業として目処が立たぬなら撤退)活動しています。人をタダ働きさせたうえ情報だけ盗む、義理人情のない非人間的行動はお慎みください。自分本位な方が来ても日本人の評判を貶めるだけです

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 プエルトガレラの全ビーチめぐり(3)- Bulabod Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました!

bulabod-maphttp://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

Unspoiledとか手つかずの自然だとかはよく使われる形容だが、実際はそういうところにはそうとう人里を離れないと辿り着けない。Bulabod(ブラボド)は人の手がまったく入っていないわけではないのだが、バンカボートで数十分で行けるプエルトガレラのビーチのなかでは、隣接するTalupak(タルパク)と並んで最も荒らされていない穴場中の穴場のように思われる。上の地図の赤い矢印の一帯だが、半島の東側のまだまだ未開拓な海岸沿いでいちばんのハイライトだ。

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プエルトガレラの東のはずれから海岸沿いにバンカボートをゆっくり流していくと、まずTalupakの砂地の海底にウニやヒトデ、小魚が目を引くのだが、それを通り過ぎると小さなビーチの前あたりに岩礁や珊瑚が固まってある一帯があって思わず舟を停めてしまうことになる。上の写真をクリック拡大して海面をよくご覧いただきたい。魚が跳ねているのだ。ダツかサヨリの類いと思われる。漁師によるとここからがBulabod Beachだそうで、いくつかあるビーチのなかでここはSmall Bulabodと呼んでいた(Matala Beachともいうそうだ。マタラとはタガログ語で星のこと)。

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bulabod211r

bulabod217r

bulabod224r

身の丈よりも少し深い海底にめくるめくような不思議綺麗の世界が広がっている。あたりに人気も音もなく、シュノーケリングに没頭して時が経つのも忘れてしまうだろう。たまに小さなバンカボートで漁師が来ているが、網を使うのでなく、巣潜りなどで捕獲している。チャポン、チャポンという音がこだまするだけだ。聞いた話だと、このあたりには日本ではあまり獲れなくなった巨大な貝タテガイも棲んでいるとのことだ。

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熊本からの客人がサバンにも飽きたというのでBulabod Bay Beach Resort(ブラボドベイビーチリゾート)にご案内すると、施設内に置いてあった殻を見つけて「これタテガイじゃないですか!」と訊ねたのだった。Small Bulabodの隣は長い砂浜が広がっていてLong Bulabodと呼ばれ、簡素なリゾート施設が設けられている。ここがブラボドベイビーチリゾートである。「貝柱は大きいですか?」とマネージャーに聞くと、大きくはないとのこと。なるほど、アサリやムール貝の身も一様に小さい。やはりここは熱帯だからか、魚介類に余分な肉はないのだ。

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それはともかく、プエルトガレラでもうシュノーケリングにも飽きたといっていた彼が突然シュノーケリングをやりたいといい出した。ひとっこひとりいないビーチ、さざ波さえ立たぬ静かな水面、この別天地ともいえる環境では、けだしもっともなことだ。ここはフィピーノの経営でお客もフィリピン人がほとんどだそうだ。それでハイシーズンである1月〜5月、クリスマスなどを除いて閑散としている。外国人では最近韓国人が目をつけて団体でやってきた位だそうだ。

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リゾートの敷地内では外来者のBBQは煙が立つ関係上禁止されているとのことだが、このLong Bulabod Beachの東端に川が流れ込み木陰ができる絶好のBBQポイントがあってシーズンにはバンカボートでやってくる外国人客で賑わうとのことだ。この場所はリゾートの敷地ではないがオーナー一族の所有になるもので、10ペソだか20ペソだかの入場料を払わねばならぬそうだ。

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流れ込む川は、有名なTamaraw Fallsを下ってきている。足を浸けるとひんやりと冷たい。海水とはまったく異なる心地よさだ。上の写真で、鉛筆位の長さの淡水魚が泳いでいるのがわかるだろうか? この川を遡れば、ジャングル探検よろしく、沢ガニやら珍しい動植物が観察できるかも知れない。なにしろ、プエルトガレラは海だけでなく、フローラ&ファウナ(植物相と動物相)の宝庫なのだ。

long-bulabod22lcc

long-bulabod2

ブラボドベイビーチリゾートはまったくシンプルな造り。上の写真の建物内側からビーチを撮ったところがレストランだが、シーズン中だけ営業するという。通年営業は宿泊施設のみとのこと。価格はハイシーズン(1月〜5月)が、エアコンルーム1泊2,000ペソ(5部屋)、ファンルーム1泊1,500ペソ(2部屋)で、その他のシーズンは値段交渉可能だそうです(ベッドはダブルベッドで1部屋4人まで収容可能)。

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自然に逆らわず、スポイルしない、ネイティブ風の建物や配置から、オーナー一族が自然を愛していることが伝わる。開発一辺倒でないこんなフィリピン人もいるのです。ちなみに、ブラボドベイビーチリゾートには国道から分岐したガタゴト道がかろうじて通じていて陸路でも到達OK。12名以上でご利用の場合、ムーリエ港まで無料でピックアップサービスが受けられるとのこと(ムーリエ港からは20分〜30分位か)。
連絡先:Tetsuya Endo
C/O Sofia Bunquin, Aguada Subdivision
Poblacion, Puerto Galera
Oriental Mindoro 5203 PHILIPPINES
cell: +63.928.707.2843
email: tetsu95jp@yahoo.co.jp

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All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

ブラボドベイビーチリゾートを過ぎて少し西に小さなビーチがあり、ここもBulabod Beachなのだそうだ。以前、安い土地があるというのでひやかしに来てみたらこのビーチだった。値段はいくらか忘れたが安いとも高いともいえぬ値段だったと思う。ビーチ自体は美しいが、あまりに僻地である。隠棲の画家でもあるまいし、こんな土地を買うことが現実的とも思われなかった。自給自足的生活を送る漁民がそこには暮らしているのだが、オーナーの好意でただで借りているのだという。売れたら出て行ってもらうだけだという。そんなことってあるだろうか!? まあ、なんといおうか、景勝の地ではあるが、その沖合にはなぜか魚はまったく棲んでいなかった。

2008年4月20日追記:上記でご紹介しているBulabod Bay Beach Resort(ブラボドベイビーチリゾート)ですが、一続きのビーチの中で宿泊施設を備えている一角が最近Bamboo Cove Resort(バンブーコーヴリゾート)と名乗りだしました。経営は変わっていません。ビーチ全体が一族のものであるように書きましたが、バンブーコーヴリゾートは元々のオーナーから譲渡されたもので別の一族の手になるそうです。また、リゾートでのBBQは禁止されていると書きましたが、砂浜に火を置いてするのはNGだがBBQ台を使ってならOKなことも判明しました。情報が正確でなくて申し訳ありませんでした。

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:4
(2007/08/26(日) 18:28)

 「プエルトガレラの光と陰」第三弾UP。
英語サイトの"PUERTO GALERA NOW"にて写真シリーズ「プエルトガレラの光と陰 (Time on Puerto Galera)」をリニューアルアップしました。ぜひご覧ください。

テーマ:詩と写真 - ジャンル:写真

お知らせしておきたいこと Announcement | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/08/26(日) 09:44)

 「プエルトガレラの光と陰」第二弾を再収録。
写真シリーズ「プエルトガレラの光と陰 (Time on Puerto Galera)」は英語サイトの"PUERTO GALERA NOW"をギャラリーとして展開していますが、サイトの容量が12MBと小さく写真データを保存していけません。そこでこのFC2ブログに再収録します。

街道の闇、闇よりも濃い樹木の闇の姿はいまも私の眼に殘つてゐる。それを思ひ浮べるたびに、私は今ゐる會のどこへ行つても電燈の光の流れてゐる夜を薄つ汚なく思はないではゐられないのである。梶井基次郎「闇の繪巻」より
"The roadside darkness or how dark the thicker woods than the dark around were still remains in my eyes. Whenever recalling it, I cannot help feeling dirty for the night with full of lights wherever seen in urban areas now." From "Yami-no-emaki (Picture Scroll of Darkness)" by Motojiro Kajii

※写真をクリックして大きな画像(オリジナルサイズ)にてご鑑賞ください。1.wood in tanawin

2.flag in tanawin

3.road to bacrayon

4.sunset in sandbar1

5.sunset in sandbar2

6.sunset in sandbar3

7.sofia in aguadaAll the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

上記写真の関連写真が、DL-MARKETでお買い求めいただけます。
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テーマ:詩と写真 - ジャンル:写真

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(2007/08/25(土) 22:23)

 フィリピンと日本のボタンの掛け違い。
マニラに行く必要があったので、わざわざ8月15日の敗戦記念の日にプエルトガレラを出て、バタンガス周辺の戦跡めぐりをしながら北上した。行く先々で8月15日がどういう日か訊ねたが、知っている人は誰もいなかった。ただ、老若男女を問わず誰もが知っていることがあった。Japanese War(と彼らはいった)において、日本軍は各地で赤ん坊を宙に放り投げ落ちてくるところを刺し殺していたという話だ。大虐殺があったリパシティでの聞き込みは壮絶を極め、同じ日本人として顔を上げて相手をまともに見ることさえできなかった。辺りの住人は子供に至るまで1945年にどこでどういうことが行われたか語り継がれて事実を知っていたが、こちらがしつこく訪ねるまで決して口を開こうとしなかった。どうしてわざわざこんなに辛い思いをしに行くのかわからぬが、それが旅というものなのだと思う。フィリピンでは小学校の教科書で誰もが旧日本軍がどんなことをしたのか学ぶが、日本では義務教育で教えられずほとんど誰も事実認識していない。フィリピンは中国のように被害者意識をオモテに出さぬだけに事はやっかいである。相手の「低音部」をまったく知ることなく、まるでペットのようにフィリピン人(特にフィリピーナ)を愛する日本人は多い。そんな「愛」は早晩破たんする。人間はペットではありえないからだ。思い上がらないほうがいい。そんな「愛し方」は、「剣」を「金」に替えただけで旧日本軍がやっていた行いとまったく変わらぬ。フィリピン人の目はふし穴ではない。この旅はいずれレポートとして写真とともに紹介します。

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

フィリピン人と付き合うとき忘れたくないこと | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/08/25(土) 00:17)

 8月15日を迎えるにあたり。
大岡昇平の「俘虜記」に触れたのは確か高校の国語の教科書だった。自己および自己の周りを非常に冷徹に描いていた印象があったに過ぎない。大岡が捕虜になった舞台がここミンドロ島だと気づいたのは、プエルトガレラに移り住んだ後のことだった。死線を彷徨える大岡がまるで地獄のように感じたミンドロ島を、私がまるで天国のように感じているとは何という皮肉かと思った。しかし、「俘虜記」を読み直してみると(正確にいうと教科書に載っていたのは一部だけだったから初めて通読したことになる)、日本兵がいたのは遥か南や西岸で、プエルトガレラ辺りは旧日本軍はいなかったことが判明した。また、全体を読んでみると局部を抽出しただけの教科書と違って、旧日本軍が今日の我々と何ら変わらない通俗的な営みを送っていたことがわかった。
フィリピンに暮らしていると戦争の傷跡と付き合っていかざるを得ない。昨日まで知らなかった事実を今日知り愕然とするといった具合にだ。このブログを始めてからもまきさんという方から問い合わせがあり、プエルトガレラの対岸のバタンガス湾にも海上特攻の基地があったことを知った。いつも行き来しているあのバタンガス湾にも日本人の骨が沈んでいるのである。「俘虜記」を読んでみても数えきれない旧日本兵の死は無駄死に、犬死にであったが、彼らなくして今日の私はあり得ないのだから、こんどバタンガスに渡るときは海に向かって手を合わせねばならない。しかし、フィリピンに暮らしていてむしろ問題なのは日本人の死よりもフィリピン人の死なのだ。
バタンガスに大岡の所属する大隊本部があったことから、それはどこかと調べているうちにバタンガス州内の“リパの大虐殺”について知った。リパシティといえばこれもマニラに行き来する際通り過ぎているところだ。マニラやその他訪れる各地で旧日本軍の残虐行為は聞き及んでいたが、こんな近くでこんな大規模な虐殺があったとは露ぞ知らなかった。だが、知らなかったでは済まされない。プエルトの友達に聞いてみたら昔リパで働いたことがあって当地では誰もが知っている事実だという。そういうところに日本人がのこのこ出かけて行くことを想像いただきたい。地元の人はそんなことおくびにも出さないだろう。しかし私はバンタヤン島で「どうして日本人はあんなに残酷なんだ? スペイン人もアメリカ人も、あそこまで非道くはなかった」と唇を震わせながらいわれたことを覚えている。個人ではなく日本組織(戒律)が引き金になったと説明しても理解してもらえぬ根深い問題である。「でもOK、日本人はいまは友達だから。恨まない」と続けた彼の心情の複雑さを察していただきたい。
フィリピンに来るとき、ただでさえ見下しがちな日本人は、こういう歴史的認識を欠いているとさらに誤解を呼ぶ。忘れないでいただきたいのは、彼ら彼女らは日本人とまったく同じ人間なのだ。ただ生まれ育ちが違うがために気の毒な状態になっていることが多い。もし自分がそういう境遇で育っていたらどうなったか想像すればすぐにわかることだ。われわれは日本人である限りわれわれの先輩がしでかしたことについても影響を受けて生きていく。こんどマニラに向かう際には必ずリパシティに立ち寄り、犠牲者たちに祈りを捧げるつもりだ。

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ターラク州カパス「死の行進慰霊碑」
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.


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(2007/08/13(月) 11:54)

 プエルトガレラにはなぜ小魚が多いか?
「プエルトガレラの全ビーチめぐり(2)- Talupak Beach」で私はこう書いた。ーなぜ小魚がプエルトで多いかということだが、これはわが故郷の浜名湖と同様の法則が当てはまるのでは? 浜名湖は潮入り湖で真水と海水が入り交じり魚たちのエサが豊富。それで魚たちは外洋からのっこんで来て産卵し、その子たちはある程度大きくなるまで湖内で育ち外洋に出ていく。プエルトも豊穣の海といわれエサが豊富なので、ここである程度大きくなるまでいて沖に出ていくのではないか?浜名湖は魚たちの揺りかごといわれるが、プエルトガレラもそうである可能性は高い。

昨日話したフロンティアスキューバのベテランダイビングインストラクター、リックはこともなげにこの説を否定した。たんに漁師が獲り過ぎただけのことだというのだ。これは地元漁師の説とも符号する。リックによると50年前は大きい魚がたくさんいたのだそうだ。そういえばセブからマニラへのスーパーフェリーで乗り合わせた元米海軍水兵が、ヴェルデアイランドパッセージからマニラ湾に到る辺りで、太平洋戦争終結の頃は飛び魚が次から次へと甲板に乗ってきたと懐かしそうに話していた。

魚を小さいうちに獲ってしまうフィリピン漁師の問題と課題についてはシキホール島の井上氏も論じているが、例えば幼魚のカツオが果たして大きくなって日本近海に達するのだろうかという疑問もある。しかし、なによりもカツオの幼魚クラスの魚がプエルトでは最廉価クラスの魚なのであり、庶民である我々はこれを食するしかないというモンダイもあるのである。値段はそれでもシキホール島の3倍ほどする(1kg100-120ペソ位)。プエルトではマーケットで1kg80ペソ以下で魚が手に入ることはまずない。そこにはラクして儲けたいフィリピン人気質の中間搾取業者がはびこる点も大きいのだが(実際私の友達はそんな中のひとりなのだ)、これは後回しにするとして、先日ナイトフィッシングに同行したら巨大なイカが獲れた。

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岸のすぐ近くを巣潜り水中銃で捕えたもので、彼らはこうして雑魚には目もくれず大物ばかりを狙うのだが、これは幼魚育成にも良い方法だと思う。皮肉なのは彼らは商売で魚を獲るのでなく、楽しみを兼ねまた自分の家族や友人たちと食するため(自給自足のため)なのである。いい魚は売らないのだ。このときは私の客人をもてなすための”ナイトフィッシングショー”として獲れたての魚たちを刺身やBBQにしてくれたのだが、これについてもまた後でリポートしたい。

このとき確認できたのは、岸辺でも大きい魚は存在するということだ。彼らはふんだんにいる小魚を獲物にでかくなっている。これは面白い現象だ。考えてみればプエルトの魚には中間がない。小さな魚たちとそれを餌にする大きな魚たちだ。かつては中間クラスの魚も多く存在したであろう。とすると、上述の漁師やリックの説を裏付けることとなる。大きな魚が小さな魚を餌食にしてのさばっているのは、どこだか極まった資本主義の社会を目にしているようで面白い。が、そうして変わりつつある生態系には憂慮せざるをえない。

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(2007/08/12(日) 09:38)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(2)- Talupak Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました!

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http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

Talupak(タルパク)はプエルトガレラの東のはずれVillaflorに隣接している。上の地図をクリックして赤い矢印を参照いただきたい。山側を走る道路からかなり離れた海岸線なため、陸路では来れない完全な陸の孤島である。せり出すように生える椰子の木や雑木そして程よい砂浜は、プライベートなくつろぎにぴったりのように思われる。

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プエルトガレラ町の中心Poblacionから東側のビーチはまだまだ未開拓で、シーズン中でも多くの人に出会うことはない。このTalupak Beachまでバンカボートで遠征する人はまずいないといっていいだろう。カップルで来たり、グループでも、人目を気にせずビーチでリラックスしたい向きは多いと思うが、プエルトガレラが有名になるにつれ、穴場とされていたビーチにも人が集まるようになり、それにつれて物売りまでバンカボートでやって来るようになってしまった。そういう意味ではここはプライベーターの解放区といえるかもしれない。プエルトガレラにはヌーディストビーチはないがここではそれも可能かも。個人所有のプライベートビーチだが、オーナーが鷹揚なので少人数の使用なら許可を取らなくても大丈夫とのこと。

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このTalupak Beachが「穴場」といえるのはシュノーケリングで観察できる生物が豊富だからでもある。このあたりは砂地でもう少し西側に移動したBulabod(ブラボド)あたりになると珊瑚がお目見えするのだが、TalupakからBulabodにかけては魚介類が豊富である。上の写真で、小魚たちの下に見えるのはウニだ。プエルト周辺には棘足が非常に長いウニとこの写真の馬糞ウニのような棘が短いウニがあり、後者の方が旨いとされ調理もラクなので乱獲されて珍しいのだが、ここTalupakでは豊富だ。美しい小魚の群れを見ていると心がなごむ。

話が横道に逸れるかもしれぬが、なぜ小魚がプエルトで多いかということだが、これはわが故郷の浜名湖と同様の法則が当てはまるのでは? 浜名湖は潮入り湖で真水と海水が入り交じり魚たちのエサが豊富。それで魚たちは外洋からのっこんで来て産卵し、その子たちはある程度大きくなるまで湖内で育ち外洋に出ていく。プエルトも豊穣の海といわれエサが豊富なので、ここである程度大きくなるまでいて沖に出ていくのではないか? 浜名湖は魚たちの揺りかごといわれるが、プエルトガレラもそうである可能性は高い。(どなたか詳しい方がいたら教えてください。)

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ヒトデにもいろいろな種類があることがわかるが一様にカラフルで、綺麗だ。ダイバーの間では「砂フェチ」といういい方があるようだが、このTalupak Beach沖合数十メートルもシュノーケリングでの砂フェチを楽しめるであろう。熱帯の海の魚は日本周辺の海の魚とまったく違うのかと思っていたらそうでもなく、プエルトにはカレイの類いもいるとのことだから、カレイフェチの私としてはいつか産卵の時期に岸に近づいた彼ら(たぶん砂に潜っていて目だけだろうが)をこの眼で見てみたいと思っている。

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Talupakにはメインのビーチに加えて上の写真のような小さな浜もある。シュノーケリングで泳いで獲物を撮りながらホッピングするのも楽しい。プエルトガレラを心ゆくまで楽しめるには、いつまでも泳げる力が必要だな、と本当に思う。地元育ちのフィリピン人の友達たちは、休憩もとらず1時間でも2時間でも平気で巣潜りを続けていられる。ああ俺も小学生の時は平泳ぎで1時間は平気だったがな、と思う。だが彼らは裕に40を超えたおっさん達なのだ。しかし、たとえひ弱な日本人でも大丈夫! ベスト式の救命具や浮き袋があれば、何時間だって浮かんでいられます!

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(2007/08/05(日) 11:00)

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