アジア穴場リゾート情報・プエルトガレラより愛を込めて[Puerto Galera Wedding]
   海外挙式や穴場保養地に、フィリピンの著名なリゾート地プエルトガレラから現地情報。世界で最も美しい湾の一つは異次元の空気感、何もなくてもハッピーです。
  >> ホーム
  >> RSS1.0

MacディスプレイsRGB IEC61966-2.1
ネイティブ・ホワイトポイント基準。
Mac Display sRGB IEC61966-2.1 Native
Whitepoint Standard.

プロフィール

Tetsuya Endo (Ted)

Author:Tetsuya Endo (Ted)
1961年、静岡県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒。
日本デザインセンター、東京グラフィックデザイナーズをはじめ広告企画制作業界でコピーライター、後クリエーティブディレクターとして15年以上務めるも、売れども売れども、買えども買えども満たされず。カメラを手にカナダ横断を往復するドライブで「アジアの日本人」である以外何者でもないアイデンティティを悟るとフィリピンに移住。トロピカルリゾート地プエルトガレラで、サステイナブルエコノミーを目指しEconomy & Ecology, ECOH!をスローガンに、新しいビジネスに挑戦中。日本にいちばん近く安い、海外ウェディングのメッカをつくろう。個人・グループのお客様にマニラからのトランスポーテーション手配、マニラ・プエルトガレラの宿泊手配をします。また、写真撮影も行います。平行して、フォト&ノンフィクション"Transition Japan""A Man Goes to North"等を上市できる出版社を探しています。

escarsceo

タイムスパンを3年に区切って(3年で事業として目処が立たぬなら撤退)活動しています。人をタダ働きさせたうえ情報だけ盗む、義理人情のない非人間的行動はお慎みください。自分本位な方が来ても日本人の評判を貶めるだけです

powered by ECOH!



コメントは自由にしていただいて結構ですが、下記連絡先にはお取引きの意志がある方のみご連絡お願いします(ご返事がいただけない方は御免被ります):
tetsu95jp@yahoo.co.jp
webmaster@ecoh.biz.lyは機能しなくなったので上記でお願いします。また「なりすましメール」受信拒否設定したので、メール転送サービスやメーリングリスト経由のメール、またはプロバイダの提供するメールアドレスを送信メールアドレスに設定して該当プロバイダ以外のメールサーバーから送信はしないでください。
tel: +63.928.707.2843

スカイプ(無料通話)

月別アーカイブ

ビジネスライセンスパーミット

bizpermission1
bizplate1
bizpermission2
bizlplate2

フィリピン政府観光省検定合格

certificate of dotp22
certificate of dotp33

シリアルバッジNo.1037

certificate of dotp4

certificate of dotp

advertisements

警告!

画像の無断使用は禁止です。

By FC2ブログ

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

advertisements

 フィリピン共和国をひとことで表すと?
このブログへのアクセス数をさらに増やしたくabout me自分発見プロフィールで「フィリピンをひとことで表すと?(作者:powered by ECOH!)」と質問を作り、「仕合わせな無駄使い人生。不仕合わせな無駄遣い人生もあるということで」と自問自答したがさほど効果はない。だからではないが、いまひとつ答えをここで設けたい。「フィリピンはひとつの心です」。わかるかな?

テーマ:みんなに紹介したいこと - ジャンル:ブログ

フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:4
(2007/09/28(金) 19:40)

 フィァッピー!
ばかばかしいと思われるかも知れないが、フィリピンに暮らす人を「フィァッピー」と呼びたいと思う。ヒッピーならぬ、フィリピンでハッピーに生きる「フィァッピー」である。先日のブログで「古い日本人サヨウナラ、新しい日本人コンニチハ」と固まってしまった頭でしか見れずフィリピンのネガティブな面ばかり強調する人を批判したわけだが、そういうステレオタイプ化したフィリピンHOW TOを押しつけるにしても同朋を利用するだけで都合のいい人であっても、この国に生まれ育った者はもちろん諸外国から流れ込んだ者はヒッピー以上にハッピーだということは断言できる。なぜだろう? それは、こんな時代にあってお金のかからない社会生活は幸せということではないか? 嘘だと思ったら来てみなさい。ただマニラにおいては知らない。(マニラはフィリピンではない―私見。)アー・ユー・フィァッピー?

buenavista2
パラワン島プエルトプリンセサにて※写真はクリックしてご覧ください。
Copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

[フィァッピー!]の続きを読む

テーマ:伝えたい事 - ジャンル:ブログ

フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/25(火) 22:01)

 Love Tune(ラブチューン)。
近年あまりに便利な世の中になり、生きていくには不自由しないので、お互い愛を育むことが難しくなっている。なにも未婚の男女に限ったことではない。特にすべてが真綿で包まれたような日本にあっては、少し不便な思いをしたり、度胸が試されたり、また二人きりになったりしてお互いを確かめあうことは、信頼を保つために欠くべかざる時間である。こんな時代にあっては旅行は余暇ではなく、必須なのかも知れない。いや、旅行という概念さえ適当ではない。それは"Love Tune(ラブチューン)"といえる。愛の調律、調整。ココビーチアイランドリゾート、サンドバーブケテビーチクラブ、タナウィンベイリゾートetc、プエルトガレラにはLove Tuneの舞台は揃っている。婚前旅行といわず、フルムーン旅行といわず、また家族旅行といわず、ふらっとラブチューンに訪れて欲しい。
[Love Tune(ラブチューン)。]の続きを読む

テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

Puerto Galera Wedding (PGW) | 固定リンク | トラックバック:1 | レス:0
(2007/09/17(月) 09:43)

 ナイトフィッシングDEショー。
「プエルトガレラにはなぜ小魚が多いか?」でお見せした巨大なイカを覚えておいでだろうか? それが獲れたナイトフィッシングの模様をレポートするといいながらもう1か月以上も経ってしまった。せっかく現地からダイレクトにレポートしているのだからリアルタイムにお伝えしたいが、いろいろやることがあるうえお客様をお迎えしたりしてどうしても遅くなってしまう。感動は生モノ。今後いかに早く伝えられるかは大きな課題だ。

さて、私の住むアグアダでは夜の帳が降り出すころ、水中銃等を肩にするグループとすれ違うことがあってそのうちのひとりと知り合いになり、一度いっしょに行かないかと誘われていた。いちばんの獲物はタコらしい。フィリピンでは一般にタコよりもイカの値の方が高く高級とされるが、さすが海の近くで口が肥えているというか、プエルトではタコの方が珍重され喜ばれる。そんな獲物はしかし、売るためではなくて彼ら自身が家族と味わうためのもの。仕事は別に持っていて、自給自足の楽しみ半分で出かけるのである。

※各写真はクリックしてご覧ください。
nightfishing1c

ちょうど客人が来たのを機会にお願いしてみた。お礼として1,000ペソを渡すことにする。フィッシングの場所はポブラシオンからサバンに行く途中のパラガンのMarkoe Coveである。ここのビーチも後日「プエルトガレラの全ビーチめぐり」シリーズでお伝えするつもりだ。われわれ一行は小さな手漕ぎのバンカボートに乗ると、友人のArgieの連れは岸からそれほど遠くない地点からすでにドボンと潜りだした。あたりは真っ暗闇、数少ない民家やリゾートの明かりと他の舟が照らす集魚灯だけが確認できる。見上げれば、もう満点の星。

Argieによると、舟の上から灯りを照らすやり方だと岩陰に隠れている大物が見えないので、潜って懐中電灯で照らすのがいちばんという。もっとも、集魚灯は主にDulongと呼ばれるシラスのような小さな魚(塩ゆでにしてよく売っていてご飯にかけて食べると旨い)が目当てだそうだ。漁がはじまったので、シュノーケリングセットを着けて懐中電灯で水中を照らして見物してくださいという。客人はドボンと続いたのだが、もはや近くに彼の姿はないようだ。

nightfishing7

水中銃を持った彼は舟の周りといわずかなり遠方まで縦横無尽に泳ぎ回っているようだ。1回の潜水時間もかなり長く、暗闇のなかではどのあたりにいるのか皆目わからない。どうやらArgieはわれわれが彼らと同等の泳力があると思っていたらしい。そんなの無理だ。見ていたら1時間から2時間もの間、何につかまるでもなしに終始潜り泳ぎ続けていた。これが海に生きる男というものか? いつまでも泳げる力をつけたいと痛烈に感じた。ともあれ、客人はアウトトリガーにぶら下がって水中観察しているしかなかった。

nightfishing8

少なくともいつまでも浮いていられる救命具(浮き袋替わりになる)を用意しなきゃならないが、それでも彼らの動物的な俊敏な動きにはついていけぬかも。また、ゴーグルを着けると眼鏡がかけられないので、客人はコンタクトレンズを忘れたことを嘆いていた。水深はせいぜい数メートルだが暗闇の中なので視力は欠かせない。それを話したら、こんな風に捕えた獲物を見せてくれた。そのうちArgieも潜って漁をはじめたが、相棒が遠くで大声で叫ぶのを聞いて漁を終了することにした。

nightfishing14tclc

例のでっかいイカが獲れたのである。さすがに当人も興奮していた。私も釣り師だからわかるが、こういうことがあるから止められぬのだろう。釣りの場合は魚の重みと格闘したあと(たとえ釣り上げられなくても)全身がぶるぶる震えて肉体がうれしくてたまらないハッピー状態になる。水中銃で仕留められた獲物たちは、バンカボートの底に無造作に放り込まれていたが、確かにこのあたりで網で行う漁に比べ大きいのが多く、特に特大イカは圧巻である。(黄色っぽい明かりはペンライトでスポットライト状に照らしているため。)

nightfishing18s

nightfishing22tsclc
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

ビーチに上がって改めて確認してみる。これはいったい何というイカなのだろう?(名前を知っている方がいたらぜひお知らせください!)ヤガラ状の魚もいるが、ベラ系が多い。こりゃ刺身だ!BBQだ!酒盛りだ!というわけで、早速近くのサリサリまで歩いてエンペラドール(安ブランデー)とそれを割るスプライトを調達してきたら、Argieはオールの平たい部分をまな板代わりに切り身にして刺身を作りはじめた。

ヘッドを食べたことがあるか、という。ヘッドとは足とは別のイカの触覚のような長い部分(上の写真でもわかる)で、これを伸ばし巻きつけて獲物を口に運ぶのだという。持参したヤマサの醤油にわさびを落としていただくと、ネトッとしているようでコリコリしているようで不思議な味がした。普通の足部分とはぜんぜん違う珍味だ。客人がエンペラドールのスプライト割を煽る。旨い! 刺身をいただく。旨い! この際、日本酒だなどと贅沢はいっていられない。というか、これで十分なのだった。

私的にはカワハギ状の魚も刺身にして欲しかったが、BBQで丸焼きにされた。替わりにというか刺身にされたのがベラ系の魚である。Argieは(こちらの人は?)なぜかベラを刺身にすることを好む。新鮮だし、遠州のベラと違い臭みというかクセがなくて旨いのだが、トロのようにいつまでも食っていたいという味ではない。それでもベラの刺身なんて釣り人だけの特権ですね。BBQは、ポン酢醤油も持参したが、塩焼きがいちばん旨い。どの魚もエンペラドールと相性抜群というか何でも旨かった。

テーマ:アウトドア - ジャンル:趣味・実用

パッケージプラン | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/16(日) 21:01)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(9)- Encenada Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

new encenada beach resort14
encenada-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

Encenada Beach(エンセナダビーチ)も穴場中の穴場といえるプレジャービーチだ。Baleteを過ぎると分断しながらかなり続くビーチがあって(地図に赤い矢印で指した浦の長い海岸線一帯)、総称してEncenada Beachと呼んでいる。潮通しもよく水も綺麗で、遠浅のビーチも大変美しい。海岸沿いには上の写真のNew Encenada Beach ResortをはじめTanawin Bay Resort、Franklyn Beach Resortがあるのだが、ニューエンセナダは奥まったところにポツンとあり、タナウィンとフランクリンはサバンへの道の途上丘の上にあるので、ビーチリゾートとして認識されにくい。

new encenada beach resort17

new encenada beach resort15

New Encenada Beach Resort(上の写真)はロケーションは素晴らしいしフロントのビーチも申し分ないのだが、大変残念なことに半年ほど前訪れたときには経年変化で痛んだ施設の補修がされておらず、日本人から見てお粗末としかいえなかった。ビーチウェディングの会場としてこのうえもない環境なのだから、もっと本気になってもらいたいものだ。ここを基点にバンカボートの楽しみも多いのだから。

tanawin beach resort8

tanawin beach resort10

Tanawin Bay Resortについては「日本人向け汎用パッケージプランについて。(その3)」及び「“スーパーナチュラルウェディング”会場でのパーティ報告」で紹介したが、上の写真のようにエンセナダビーチ側とプエルトガレラ湾側の両方の海が見える。ハンモックが写っている斜面を降りるとすぐエンセナダビーチだ。余談だが、オーナーは、一族が住む米国に移りたいと最近リゾートを売りに出している。

また、もうひとつエンセナダビーチに面するFranklyn Beach Resortは丘の上にCoco Beach Island Resort(「プエルトガレラウェディングの真打ち、“大人のリゾートウェディング”会場」で紹介)ばりの天然素材だけで造られたネイティブ風施設で、大変落ち着いていて年配者向きに思われる。シルバー層には強くお薦めしたい。カップル等で来ていただいても、都会暮らしでは絶対ありえないリラクゼーションを満喫できることうけあいだ。

encenada18lc

encenada21slcc

encenada25scc

encenada29slcc

エンセナダビーチの沖合は格好のシュノーケリングポイントだ。疲れたら点在するように目の前にあるビーチで休憩することもできる。舟の上からも珊瑚の周りで泳ぐ小さな小さな天然色の魚が鮮やかに見え(ぜひ写真をクリックして大きくして確認ください)、あちらこちらにこれでもかというほどにウニが生息している。ここにいるのは棘足の長いウニで、前に馬糞ウニ状の棘の短い方が旨いとされると書いたが、人によっていうことが違う。

実際試してみたら、棘の長い方が身が多く短い方が少ない。前者の方が日本で食するウニの身に近かったが、身が殻に付いたまま焼いた後者はパパイヤのように甘かった。つまるところ前者は棘が危険で手間どるから敬遠されているのではないか。頼めば嫌になる位食べることができるが、地元の人たちはあまり食べない。ヴィサヤ地方のシキホール島では貧乏人の常食らしいのでタガログとセブアノの食性の違いか、いややっぱりプエルトは豊かでそんな面倒くさいもの食わないってことなんだろうな。

encenada37scc

手漕ぎのバンカボートで繰り出せば、こんな風にアウトリガーにつかまって下を見てシュノーケリングしながら動き回ることだって可能。気になるところがあれば止めてもらって、じっくり見たり、潜ればいい。ただウニとか貝とかを取ろうとしたとき、素手では危険なので網を用意してもらいましょう。また、プエルトにはサンクチュアリー(禁漁区)もあるので注意。しかし観光客は該当せずという人もあるし、地元の人の間でもよく守られていないようです。

encenada15sclc
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:7
(2007/09/16(日) 14:54)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(8)- Balete Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

balete-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

上の地図の赤い矢印でわかるようにBalete(バレテ)からはY次型の半島部になる。町の中心からも近い住宅街でいい雰囲気のところなのだが、惜しむらくは季節によって海から強い風が吹きつけ、海岸線がひどく波立ち流木やらゴミというゴミがあたり一面に漂着してしまう。私もいちどはここに部屋を借りることを考えたが諦めた。自然の力には逆らえないからだ。だがそうして住居を選んだAguada(アグアダ)の地も、蛍が大量発生していた沼を地主が埋め立ててしまい閉口している。人工の力にも逆らえないというわけだ。

balete20

さて、パブリックマーケットから住居街沿いに歩くと抜け道があって、Plaza Iluminada San Jose(プラザイルミナダサンホゼ)に到達する。ここからがBaleteとなる。同プラザは町立の広場で、わがバランガイであるポブラシオンのキャプテンを26年務めたIluminada San Jose女史の死を悼み名が冠された。同女史は2003年に心臓マヒで51歳の若さで亡くなったという。25歳から5年ごとのバランガイキャプテン選挙に6度連続して選ばれたことになるが、住民のために献身的に働いたという。

balete122l

上の写真がPlazaの入口方面から捉えたものだ(飛ぶ虫が写ってしまっているのはご愛嬌)。ここでは「イラヤ族の日」フェスティバルや敬老の日の食事会など町主催のイベントが開かれており、奥の建物がステージ、手前がレストランとして活用されている。海に面し遠方には山が望め見晴しがよいことから、このPlazaもプエルトガレラウェディングの会場として使用することができる。芝を張れば申し分ないガーデンウェディング会場となって、野趣溢れるフィリピンパーティ料理(下の参考写真)はこのうえないご馳走となるだろう。出資者を募りたい。

8thirayafes1
8thirayafes2
8thirayafes3
8thirayafes4
上の写真は2006年10月12日第8回「イラヤ族の日」フェスティバルでの調理風景

話を元に戻しましょう。プラザから向こうに見える(すぐ下の写真)のがBalete Beach。本当に小さなビーチで、ここも生活のためのビーチです。

balete66

balete70

岸を歩きがてらすぐ下の水を覗いていると次から次へと稚魚の群れ。多くの魚がこの入り江で産卵を終えたすぐ後なのに違いない。場所によっては親魚なのか稚魚を就餌する他の魚なのか大きいの(といってもせいぜい20cm位)もけっこういる。プラザの反対側の端には生活汚水が流れ込む小川があるのに、自然の力はやっぱり凄いなぁ。なんとか大きくなってもらいたいし大きな魚と出会いたいと思う。

balete99slcc

Baleteも現在、プエルトガレラにおけるご多分に洩れず住宅建設ブームなのだが、こんな瀟酒な家を建てている人もいる。オーナーはヨーロッパから来たのだろうか? そういえば、すぐ隣のHonduraの知人によると、最近2組の日本人男性とフィリピン人女性のカップルがBaleteに越してきたといっていた。田舎だけあって、この辺の人は近所に起こったことは何でも知っている。だが面白いことに、ちょっと離れるとぜんぜん知らない。それでも日本人は注目度が高い。まだまだレアであるからだ。

balete94

balete328r
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

このBalete Beachは個人の所有でたぶんプエルト唯一の新聞を編集発行する印刷会社社長のものだ。上の自宅兼事務所から下のビーチを見降ろしたことがあるが、素晴らしく平和的であった。彼はマニラ(パサイ)にも家があるがほとんど戻らないといっていた。ビーチ沿いに貸し家があるといわれたがコンピュータやカメラ機材を管理せねばならぬ私は辞退した。先の知人の話だと、1組の日本人フィリピン人カップルは、この丘の上の方の土地を買ったのだそうである。そのうちお会いすることもあるでしょう。

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:2
(2007/09/15(土) 18:23)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(7)- Hondura Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

hondura-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

Hondura(ホンデュラ)はプエルトガレラの町の中心に接していて、私が住んでいるバランガイ、ポブラシオンの一部地域である。上の地図で赤い矢印で示した一角で、街の生活汚水が流れ込むうえ潮通しが悪いことから、残念ながらサバンと並んでプエルトガレラで最も水が汚いビーチとなっている。それでも沖合にVaradero Bay(ヴァラデロベイ)とVerde Island(ヴェルデアイランド)を望む眺めはなかなかのものだ。

hondura319r

バンカボートで近づくと粗末な造りの商業施設の後ろ姿が続く。多くはローカル向けのKTV(カラオケパブ)で、メインストリートである国道に面している。その先に見える黄色い屋根がかつて日本人が経営運営していたYokota Sea Clubで、営業休止のまま野ざらしとなっている。この写真の撮影時は満潮で海水がかなり高い位置まで上がっているが、ビーチ沿いに歩行可能で人々の暮らしが窺える。

hondura4cl

実はここは私の散歩コースでもある。パブリックマーケットの手前に写真のように海へと続く小径があって、夕方に食料の調達に出かけるときなど、ついふらふらと海岸に足が向いてしまう。ちょっとお気に入りの空間なのだ。一日中コンピュータに向かって仕事したりして疲れたときなど、小径の先に一気に広がる展望は気分転換となる。精神や神経的疲れは、肉体的疲れに置き換えると心地よい。

hondura22scc

海岸に出て右を向くと弧状に延びたビーチに商業施設が立ち並び、KTVに出稼ぎにきた娼婦(とはいえ年端もいかぬ者も多い)の宿舎も兼ねていて生活臭が漂う。いちばん向こうがNirvana Resort(ニルヴァーナリゾート)で、施設も雰囲気もいいのだが残念ながらビーチの水が汚く、なんでわざわざ日本からこんなビーチリゾートにといわれそうなので紹介していない。

hondura16slcl

プエルトガレラの漁獲高減少は(特に漁師にとって)深刻な問題なのだが、それでもHonduraには代々漁師を続けてきた人々がバンカボートを保有している。プエルトガレラの漁師はプレジャーボートに転向したり廃業したりする者もけっこういるのだが、ここHonduraではごく稀に大漁だったりすると舟を降りたその場で売っていることもある。イワシクラスの小さな魚なのだが、市価より安い。

hondura49clc
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

帰り着いたばかりの舟ではダツ状の魚を開きにしていた。網に入っているのはモンゴウイカのようなアオリイカのようなコウイカのようなイカ。プラスチックの容器は小さなイカ(安いが煮て食べると日本のホタルイカのようで旨い)。中型のイカは1kgしか獲れなかったが昨日は4kg獲れたという。いちど刺身を試してみたいがフィリピンではイカはタコより値段が高く、またプエルトの漁師の少ない獲物は自分らが食するためであるのでくださいとはいえなかった。

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/14(金) 16:24)

 ふたたび、ブログタイトルについて。
どうも個人的な吐露も多くなってきたので、当初のブログタイトルをミドルネームとして挿入します。前にもいいましたが、このブログは海外リゾートウェディング「プエルトガレラウェディング」商用サイトを補うつもりのものでしたが、パイオニアとなる肝心要のロケーションモデル撮影がモデルが見つからず進まず、商用サイト自体が作れずブログにその役割も担わせてきたため苦しいものもありました。なんだか長ったらしいタイトルになってしまいますが、かえってフィリピンらしくていいかな(?)とも思います。お陰様で、プエルトガレラを訪れるお客様も、フィリピンを従来のステレオタイプで捉えるのでなく、先入観なくいいものはいいといっていただける方が徐々に増えてきたように思えます。ちゃんと付きあえる普通の日本人にもっともっと来ていただくためにも、個人的な思いは積極的に伝えていくことが大切だと実感している次第です。私がビジネストライアルに設定したのは3年、残された時間はあと1年10か月しかありません。今後ともよろしくお願いいたします。

テーマ:伝えたい事 - ジャンル:ブログ

お知らせしておきたいこと Announcement | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/14(金) 11:01)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(6)- Tabinay Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

tabinay-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

東南の州都カラパン方面からかなりプエルトガレラの中心に近づいたところがTabinay(タビナイ)だ。上の地図の矢印で示した一帯で、ひとつのバランガイにもかかわらず人々はなぜか街に近い方をSmall Tabinay、遠い方をBig Tabinayと呼んでいる。海岸は鋸の矩形状になっていて確かにふたつのビーチが存在するのだが、Smallと呼ばれる方が長く、Bigと呼ばれる方が短い。知り合いになぜそういう呼称なのか聞いてみたがわからないといった。

big-tabinay29r

東側に位置するのがBig Tabinayである。国道でこのあたりに差しかかるとようやくプエルトガレラに帰り着いたとホッとするのだが、一本道の両側は椰子の木が生い茂っていて海岸線から離れていてビーチがあるのか、あってもどうなっているのかわからなかったが、バンカボートから見ると椰子林の端にわずかな砂浜があって細長く延びていた。そこにはたぶん住居である漁師小屋がバンカボートとともにパラパラと並んでおりプリミティブな光景であった。

big-tabinay24r

このあたり一帯は個人所有のプライベートビーチだと聞いたが、漁師たちはオーナーの好意で住わせてもらっているのだろうか? プライベートビーチといえば、これまでプライベートビーチ(もしくはリゾート)、パブリックビーチと分けてきたが、波打ち際から何mかは地方自治体(プエルトガレラの場合は町)の所有管轄だそうだ(しかし改造する場合は州政府の許可が必要だそうで仕組みはよくわからぬ)。

big-tabinay21r

とはいえ、例えば、ホワイトビーチやサバンビーチなどはパブリックビーチとして町役場の管轄下にあるのに対し、ココビーチやロクシン家所有のロングビーチ、アヤラ財閥のアニヌアンビーチ、このシリーズで紹介したブラボドベイビーチリゾート、ビルヒンデュラガンなどはビーチそのものがプライベート化している。どのように区分けしているか町役場担当者に聞いてみたが答えられなかった。…、プリミティブだ。まいいじゃないか。人が大勢住み出したのはせいぜいこの数十年のことだ。

big-tabinay16r

右側の建物の前の岩が海岸線におけるBig Tabinay、Small Tabinayの境だ。船頭によると建物はアパートで入居人を募集しているという。家賃を聞いてみたらマカティ並みに高かった。Tabinayはまだまだ野方図というか開発の手が伸びていないが、急速に発展するプエルトガレラの宅地化する恐れがある。その場合、馬鹿の一つ覚えみたいにマニラ近郊で増え続ける味気ないニュータウンになる可能性は大きい。政府はプエルトの売り物は何かを考え、きちんと方策を取らねばならない。

small-tabinay315rr

Small TabinayからBig Tabinayの西にかけてはすでにローカルのベッドタウン化している。とはいえこちらは徐々に開発されているからニッパハットの簡素な造りの住居等も多く、また街の西側方面と違ってこれまで外国人も目を向けてこなかったことから家賃も安めであった。ところが近年自然を愛好する外国人がプエルトのビーチのなかでも「未開発」であったSmall Tabinayに目をつけ、海岸線に土地を持つフィリピン人オーナーたちはここぞとばかりに値段を釣り上げてきている。

small-tabinay11r

それでもなお、いま手にしなければ数年後にはもっと高くなってしまうことは確実だ。なにしろプエルトの地価はこの5〜10年で3〜5倍も高くなってしまったというのだ。それでも先進国に較べればまだまだ安く、団塊世代の大量退職もあいまって外国人の流入は増え続けている。今回はビーチ自体の話よりも、その周辺の話になってしまいました。タビナイビーチは海水浴やシュノーケリングを楽しむというのでなく「美しい生活圏」のビーチなのです。

small-tabinay4r

small-tabinay3r
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/13(木) 21:43)

 古い日本人サヨウナラ、新しい日本人コンニチハ。
素晴らしいブログを発見したのでご紹介しておきたい。その名も「フィリピンブランド フィリピンのイメージアップに努めたいですね。目標は早期引退&移住」。こういう発言には拍手は惜しみない。明日になってもずっと拍手していたい。お互い頑張りましょう!

テーマ:フィリピン - ジャンル:海外情報

お知らせしておきたいこと Announcement | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/12(水) 17:40)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(5)- Sigayan
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

sigayan-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

Sigayan(シガヤン)はどの地図にも載っていない。ほとんど無人に近い地域だということもあるし、だいたい当地で手に入る地図自体いいかげんなところがある。上の地図の赤い矢印で指したあたりがSigayanなのだが、Big Tabinayとなっている。これは大きな間違いだ。Big Tabinayはもっと上方(北側)でSigayanとSmall Tabinayの間に位置するのだ。地形についても、Googleマップで確認したら湾状の上方がそれほど突起しているわけでなくまたもっと凸凹していることがわかった。

big-sigayan39

「プエルトガレラの全ビーチめぐり」と銘打っているわけだが、正確にいうとSigayanはビーチとはいえない。ほんの一部にほんの小さな砂浜があるだけだ。しかし風景的に面白いところなので取りあげることにした。上の写真はBig Sigayanと呼ばれるところで、浦の最奥にマングローブが生い茂っている。東からバンカボートでBirhen Dulangan(ビルヒンデュラガン)を過ぎるとある。このあたりで漁師が網を入れているのを見たが、季節によりレッドテールという揚げてもさほど旨くはない魚が獲れるという。

big-sigayan15r

陸地から見るとこうなる。非常に浅瀬で、国道からも季節により大潮時などそうとう沖合まで完全に干上がっているのを見かけることがある。おそらくそうとう沖にあるドロップオフ(かけあがり)に、季節になると漁師が狙う魚が集まるのだろう。マングローブと聞いて私はパラワン島でお目にかかった大きなマングローブクラブを期待したし、この瀬状の地形にも貝やら生物がいるのではと思ったのだが、近所の人の話によると小さな蟹がいるだけで貝類もそれほど多くはないとのこと。うーん、残念。

big-sigayan303r

Big Sigayanの出口にあたる角に突起した岩があって、何をしているのか小さな子供たちが遊んでいた。いったい私はこういう光景が大好きである。年甲斐もなく一緒に仲間に加わってしまいたいと思ってしまう。こういう場面はプエルトの海ではよく目にするわけだが、いつも思うのは彼らはいったいどのようにしてあんたらところまで来られたかということである。あたりに民家はないが、親に連れられて来たわけではない。この環境はお金では買えぬ、まぎれもない彼らの財産だと思う。

small-sigayan33r
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

Sigayanは岩場が多いが、Big Sigayanから西側はSmall Sigayanと呼ばれ、写真のように小さな本当に小さなビーチもある。しかし、残念ながら、このあたりからPoblacionにかけて岸沿いの水は徐々に濁り、シュノーケリングポイントでもないので、活用される機会もあまりないだろう。ま、こういうビーチというか、海辺の一角もあるということです。

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:1
(2007/09/10(月) 16:20)

 プエルトガレラの全ビーチめぐり(4)- Dulangan Beach
何度もいうようだがプエルトガレラは想像するよりよっぽど広い。面積で東京最大の八王子市や大阪市を上回る。東の端のビーチから西の端のビーチまで道沿いに移動するだけで26kmもある。このシリーズでは東から岸沿いに順に、大小さまざまなビーチを紹介していきます。
※他の記事同様クリックして大きな画像でお楽しみください。このシリーズから画像サイズをアップしました! (訂正:2007年9月2日投稿分から設定を間違え以前よりは大きいものの少し小さめですが近日戻します。)

overviewda12s

カラパン方面から陸路プエルトガレラに近づくと展望が開けるところがある。一見ブツ切れになっているようで実はつながるDulangan Beach(デュラガンビーチ)とサバンへと至る半島だ。土地の人はなぜかDulanganの最初のnを発音しなくて、こちらがデュランガンといっても決して通じない。半島部のPalanganも同じで、パランガンではなくてパラガンだ。

dulangan-map
http://www.puertogalera.net/PGmap.phpよりマップ流用

上の地図で赤い矢印で指した湾状の一帯がDulanganで、前回紹介したBulabod Beachからバンカボートで来ると、ちょうど角のようになった陸の出っぱり部分を回ると細長く続くビーチが展開する。かなり高所を走る国道からはその出っぱり部分が極端に感じられあたかも湾か浦のようだが、海上から見ると緩やかな弧に見える。そこにはまた一軒の別荘が建っていて上の方から眺めると海岸線の美しさもあいまってずいぶん豪奢に見えるのだが、海の側から見ると凝った造りで印象は違った。人間の眼はまやかされるというか、逆にいえば自然の美しさの働く演出はすごいと思う。

dulangan70r

Dulanganはひとつのバランガイでもともとは漁師が多く住んでいたらしいが、魚もそれほど獲れなくなってしまった今日たんなる住宅地化しつつある。住環境としては素晴らしいのだが、ちょっとした買物もクルマ等で15分以上かけてタウンセンターまで出ねばならぬのは辛い。プエルトガレラに住むにあたって最初ここの一軒家も紹介されたのだが、家賃が高かったのとなによりも電話線もワイヤレスのインターネットも使えぬため諦めた。ときどき家も売りに出ているが、外国人も好む環境だと知って強気の値段が付けられている。

oceana-resort63r

東から西へDulangan Beachを中ほどまで進むと、Oceana Beach Resort(オシャーナビーチリゾート)が現れる。コテージの向こうにゆとりあるガーデンが広がり、ガーデンパーティやウェディングにもうってつけなのだが、惜しむらくは流れ込む小川の水が濁っていることが多く(上流で砂金掘りをしていたり降雨後など)ビーチの水が綺麗でない。さらにフィリピン人オーナーが施設にあまり気をかけないことから、部屋が日本人の満足いくレベルに達していないことである。フィリピン人どうしのカップルだと、ここでレセプションを開いて泊まったりするのだが。

dulangan57r

dulangan53r

オシャーナビーチリゾートを過ぎてさらに西に進むと、茫漠としてビーチは続く。このあたりは珊瑚はないのか、山の土砂が運ばれてできているのか、砂の色は少し鉄分を含んだような赤っぽい色をしている。わざわざ泳ぎに来たり、探索しに来るところではないが、しかしこんなところに住んで毎日波打ち際(実は静かでほとんど波は立たないのだが)を散歩できれば最高だろう。私は茅ヶ崎に住んだことがあるが、灰色の砂をしてしかも自然の海岸線が残っていない、かの湘南と比較するのも野暮というものだ。

camp22sc2

bihen-dulangan48r

Dulangan Beachの西端はBirhen Dulangan(ビルヒンデュラガン)またはAplayang Munti(アプラヤンムンティ)と呼ばれ、東側から続いてきたビーチが岩の上に立つヴァージンマリア像で区切られている。Birhenとはタガログ語でVirgin、またAplayang Muntiとは小さな砂浜とのこと。西側を半島というか出っぱりで囲まれたビーチは確かに小さいが(この記事のいちばん上の写真参照)、水が綺麗でしかもよく管理されたプライベートビーチでローカルの人たちに人気がある。入場料を一人50ペソ払わなければならないが、陽射しを遮る休憩小屋が用意され居心地の良い環境を思えば安いものだろう。ここも係の人がいなければ払わなくてよい、というか払えない。

camp2sc2

camp88clc

何回目かにプエルトガレラに来たときちょうどここでBBQをしようとしている子供たちに出会った。高校の卒業記念(といってもフィリピンは中学がないので彼らは15歳か16歳)だそうで、仲間と最後の思い出づくりをするのだといっていた。子供は、というか人間は、どこでも同じことをしたがるものだなと思ったし、年端もいかない仲間たちだけで訪れていたのが健気だった。日本ならこんたらところまで親がついてきそうである。それはともかく、小屋や樹の日陰があるので、休憩するにもBBQするにも好都合なのだ。もちろん涼しい風だって吹いている。メジャーなビーチの喧噪に飽きたら、シュノーケリングセットを持って訪れてみたいところだ。

camp5lcc

camp44sc
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

テーマ:ビーチリゾート - ジャンル:旅行

プエルトガレラのビーチ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/09(日) 19:25)

 マテリアリズム(ものづくりの極み)と共同体の崩壊の関係。
面白い記事を見つけた。「【溶けゆく日本人】ご近所よりネット 人間関係の不全」というものだ。家や共同体(国)の繁栄を目的とした伝統的価値観が崩壊した日本では、自分さえよければいい発想となり、自分にとって心地よい「自己愛の充足」だけを図ろうとするというのである。「自己愛の充足」に欠かせぬのが「モノ」であろう。これと対極にあるのがフィリピンといえる。個人は家や一族郎党あるいは地域共同体にがんじがらめになり、むしろその人間関係のなかに歓びを見いだしている。最も、そういうなかでもマテリアリズムは進んでおり、その場合面白いことに個人主義に走ってしまう日本人と違って、フィリピン人は一族郎党単位でエゴイスティックになっていくのであるが。先の大戦のフィリピンが舞台である、大岡昇平氏の「俘虜記」を読んで思ったのは、日本人はもともと強欲なのではないか、ということだった。食欲・性欲・睡眠欲いずれにおいても自己の強い欲望を遂げようとする。その活力は戦後においても経済活動という形で続いているのだ。かつては国家や共同体という歯止めがあったために、その「強欲」ぶりが抑制され(あまりに抑制されるとそれは戦時中強姦や虐殺という反転となって現れ)たのだが、現在は、適切な例えではないかも知れぬが、どこにいってもセブンイレブンがあるかのように錯覚しまるで幼児のような万能感で振舞っているように思う。フィリピンではリタイアメントビザ(永住ビザ)を取って老後を過ごされている方も多い訳だが、日本社会全体から共同体意識が希薄になっていたのに加え、会社組織という歯止めもなくなってしまって、まさに自己の欲望だけを手に入れようとしている方をまま見かける。三つ子の魂百までというが、幼い頃から習い性となっているのか、狭い了見で己の繁栄だけを画策し他人の失敗をざまあみやがれと喜ぶ「島国根性」を異国まで持ち込んでしまっている(これがよく外国で問題になる日本人コミュニティの希薄さの原因か?)。弱輩者が申し訳ないが、自分に得になるか損になるかだけで「義理や人情」を忘れているようでは、フィリピン人はおろか日本人同朋との付き合いもうまくいく筈がない。申し訳ないが、そういう方たちはすべからく製品という製品の質にうるさく、「ものづくり」を諸手を挙げて讃歌し、今日の日本の製造業を築いてきた張本人たちなのだ。いったい、カナダでもいろんな民族に遇ったが、どういうわけかアジアの諸民族が飛び抜けてモノへの執着が強かった。それは自戒を込めていうが、己に欠落するところを何かに仮託しようとし、その欲求を抑えられない点であたかも猿のようであった。亡き祖父が、「いいか、人という字は一人が一人を支えてできている。人間とは人の間と書く」といっていたことを思い出す。
[マテリアリズム(ものづくりの極み)と共同体の崩壊の関係。]の続きを読む

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

ポストマテリアリズム | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/08(土) 12:36)

 闇の灯と、遠い道のり。
きょうカラパンから帰り着き一仕事してビールを買いに外に出るとあたりはすっかり暗くなっていた。暗闇のなかから「テツヤ!」と声が叫ぶ。オーリーが家の前で一杯やっていたのだ。サリサリストアでサンミゲルを4本調達して道を戻ると、あたりが異様に明るい。こんな町のはずれに似つかわしくないような街路灯が軒並み敷設されていたのだ。私はがっかりしてしまった。私はこの闇を愛していた。信じられないように蛍が舞い飛ぶウォーターウェイの闇を愛していた。"It's too bright, isn't it?"とオーリーに話しかける。"Oh, yes! Do you like it?" "NO, IT'S TOO BRIGHT! I love Darkness." 近所の連中ともうジンを半分位空けてしまったオーリーは、街灯の明かりにはっきりと照らし出されたなかで明るく苦笑する。

幹線ならともかくこんな末端まで明るくしてしまうのには私は反対だ。まるで日本がやってきたこととと同じゃんか。州都カラパンからプエルトガレラまでの難所であった、ガタガタというかモトクロッサーさえ必要であった未舗装路も急ピッチで拡幅および舗装工事が進められている。完成した曉にはいまクルマで1時間半もかかるカラパン・プエルト間が1時間以内に短縮され、しかも不快な悪路がなくなるので、事態は急激に変わっていくであろう。

交通不便につけ込んでカラパンからプエルトにモノを運ぶだけで商売にしていた、折に触れて説明しているところの「中間搾取業者」が存在できなくなるであろうし、そういうダイレクトビジネスの利点からプエルトの自動車保有台数も増えるであろう。特殊な環境下であるゆえに変なインフレが進んでいたのだが、これで正常化され、つまり日常生活品のインフレは抑制され、しかし一方でインフラが整うことから観光地として価値はますます高まっていくに違いない。要らぬところに街灯を作っているようでは駄目だ。セブやロハスブルーバードの後を追っても未来はない。だが、何度もいっているように、プエルトガレラに投資するなら、どう考えてもいましかないと思う。

for talupak2

ともあれ、カラパンからプエルトに近づきタマラウフォールズを過ぎて少し行くと、急ピッチで進む道路工事の作業員たちが寝泊まりしているテントがあるのだが、これが途上ベストといっていい絶景地である。山岳道路がいちばん海側に近づいたあたりで東を見ると(写真上)カラパン沖の小さな島々、西を見るとプエルトガレラの半島が望める。このあたりの海岸はいったいどこにあたるのか、かねてから私は知りたいと思っていたのだが、運良くテントを張っている人々に話を聞くことができた。彼らによると、この下は、Talupak Beachなのだそうである。

for talupak3a
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

「山側を走る道路からかなり離れた海岸線なため、陸路では来れない完全な陸の孤島」と私は書いたが、これは訂正しなければならない。というのは、テント村のひとりの女性が「ここを下っていくとタルパクのビーチに着くのよ」と教えてくれたからだ(上の写真)。一見すると路などないようだったが、獣路というかマンヤン族が通りそうなというか、トレッキングパスがあるようだ。そうとう重装備をして30分はかかるだろうが、急斜面のジャングルを分け入って陸路ビーチに辿り着くのも面白いかも知れない。シュノーケリングセットを持って駆けつけるならなおさらだ。ワイルドだ。

テーマ:スローライフ - ジャンル:ライフ

フィァッピー!=スローライフ | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:2
(2007/09/04(火) 11:28)

 アエタ族との出逢いから確かだったこと。(再録)
昨日2007年9月2日投稿した「地元でのエコビジネス推進の取り組み〜Villa Malasinboより」に関連して、フィリピンの将来を考えるうえで大切な基礎知識になると思われたので、5月14日にYahoo!セカンドライフに掲載した記事を以下に転載しておきます。



パンパンガ州のサンフェルナンドでアエタ族等の学校の教師等を対象とした先住民族のセミナーに参加したのは去年の4月のことだった。たまたまeBayで知り合った華僑系フィリピーノが、セミナーのスポンサーであるEVAチャリティーファンデーションのメンバーだったことから、フィリピンをよく知りたいと思っていた私は自費で参加したのだった。フィリピンに何か役立つことをしながらビジネスをするため、そのころ私はフィリピンでもっとも古い民族のひとつアエタ族の人たちとともに美術館・博物館をつくり外貨獲得のための観光資源にできないかと考えていた。カナダでの経験から、最も古い住人をないがしろにして幸せなどありえない思いがあった。

パラワン島での経験からフィリピンは先住民に人権を与えておりカナダよりましだったが、浅い知識で彼らのアイデンティティであった焼畑農業を全面禁止としていた。それでもプエルトプリンセサで開かれた先住民族の祭典ではタグバヌア族のある首長から「この踊りは神聖なもので写真を撮ってはいけない」と制された。民族の威厳を保っていたのである。キリスト教の影響を受けながらもまだ自らの信仰を保っていた。フィリピンの最古民族のひとつであるバタクスは竹の床を踏みならす踊りを披露してくれたが、残念ながら彼らをビジネスに結びつけるにはパラワン島はあまりに不便な地であった。そこでマニラから近いところで次に目をつけたのがピナトゥボ火山の被災で国際的に有名になったアエタ族であった。(民族については嶋崎賢司氏のHP「世界民族博覧会」にて参照。)

アエタ族についてはオロンガポのShachiさんのHP「カントリーライフインフィリピン」で現状報告を読ませていただいていたが、 "Traditional Tribal Origin Ethnic Education Schools - The Next Step"と題されたセミナーに参加して私は驚きの連続だった。主催はREGION3 REGIONAL OFFICE, NATIONAL COMMISION ON INDIGENOUS PEOPLES, OFFICE OF THE PRESIDENT, Republic of the Philippines。REGION3とはパンパンガ州中心にセントラルルソン6州のことだ。参加者は土着民族を指導するタガログ族等低地民の教師たちかと思っていたが教師たちは土着民族そのものであった。女性が圧倒的に多い。アエタ族だけでなくイフガオ出身者もいて少数民族の混成だ。主催者側も少数民族出身者が多かった。

aeta1c

冷房ががんがんに効いた大きな部屋で参加者は皆マニラから来ましたというような垢抜けた格好をして正面を向いて座っている。と、EVAチャリティーファンデーション関係者が拍手で迎えられ演台付近に席を取った。EVAチャリティーファンデーションはアエタ族支援に特化したNGOである。大統領直属の委員会のイベントが、実質的にはスポンサーであるEVAチャリティーファンデーションに仕切られそれ中心に動いていた。セミナーの主役は主催者やその裏方ではない筈だが、マカティのマスウェディングやプエルトガレラでのイラヤ族の日フェスティバルでも主催者のセレブリティが拍手を受けてステージの中央にどんと居座り、「人間様の名を売る」フィリピンカトリックの文化では当たり前らしい。街道で土下座した封建時代の参勤交代の大名行列をも思わせ、いまだに奇異に見えて仕方がない。

外部から招かれた錚々たる人々がレクチャーする。先住民の言語を教授しているのはSummer Institute of Linguistics (SIL)という米国のグローバルNGOで50年来フィリピンDepartment of Educationの委託組織。SILは70年前にキリスト教信仰を元に設立されたボランティアで、各キリスト教会とともに働いており資金も流れている筈だ。NATIONAL COMMISSION FOR CULTURE & THE ARTS(これも大統領直属)等フィリピン政府サイドからのレクチャーは、「いかにして融資を申請して獲得するか?」の具体的手練手管の伝授に終始した。異なるキリスト教会同士からの話もあったが、なにより驚いたのはセミナーの節目節目でキリストへの祈りを強要されていて、しかも土着信仰を持っている彼らが胸に手を当て苦もなくバイブルを唱和していたのだ。

aeta2h
All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

EVAチャリティーファンデーション代表の英国人女性に「土着文化は固有の信仰と表裏一体だ。彼らの尊厳と自立を助けるなら宗教と切り離して援助活動すべきではないか?」と話したら賛同していた。しかし英国人特有の政治的発言だろう。英国大使館からの来賓がJapan Foundationというのもあると話していたが、もしキリスト教会からの資金援助が得られなかったらこういう先住民の援助活動自体成り立たないだろう。これはフィリピンに限ったことではない。欧米諸国は昔からミショナリーとビジネスマンをワンセットにして他国のマーケットに入り込んできたといわれるが、この話はフィリピンでもよく耳にする。宣教師がやって来てしばらくするとビジネスマンがやって来る。最近は韓国人宣教師も増えていて、宣教師自身がすぐにビジネスをはじめる場合もあるようだ。

3 日間のセミナーの最終日には部族の踊り等を披露するカルチュラルプレゼンテーションがあって、そのための練習が会場外で行われていたが、驚くことに件の英国人女性を称えるにわか作りした歌や踊りが大半だった。部族たちはブランドバッグを手にし、腕には流行のデカ厚腕時計がはめられ、フィリピン人では珍しいことになぜか眼鏡をしている者が多かった。もはや少数民族であることが商売であるといって過言でないだろう。実際のパフォーマンスとなると、男性陣は伝統的な衣装である褌姿を異様に恥ずかしがった。いったい何のための支援なのか?

セミナーでは、ボランティア団体を主催しながらベンツを乗り回して村々を回るその英国人女性の姿が紹介されていた。彼女はまるで村々でのスターであった。 NATIONAL COMMISSIONS ON INDIGENOUS PEOPLESからREGEON3以外に受持ち地域を変更してくれと要請されたそうだが断り続けているという。アエタ族を愛しているのだろうか? だが部族の文化については何も知らず、あたかもペットに接するように接しているように私には見受けられた。ピナトゥボ火山の被災報道が資金集めに都合がよいからだと邪推もしたくなる。

キリスト教では施しは善とされボランティアは何をおいても尊ばれる。支配されること、もらうことに慣れたフィリピンの人々は、これを無条件に受け入れ「利用」してきた。その結果が「アイデンティティの喪失」と「他文化へ右へ倣え化」だ。わがミンドロ島のマンヤン族イラヤ部族においても同様である。だが、人々は神のペットではない。教育は最も大切なものに違いない。だが押しつけであってはならない。生徒から学ぼうという意志がない教師など何の役にも立たぬ。

テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

ポストマテリアリズム | 固定リンク | トラックバック:0 | レス:0
(2007/09/03(月) 10:00)

 地元でのエコビジネス推進の取り組み〜Villa Malasinboより
いまマニラ郊外や地方都市で次々とデパートSM(シューマート)やモール街、サブディビジョンと呼ばれるニュータウン住宅街が建設されオープンされていく様はまるで日本の10年前を見るかのようで、まったくアメリカや日本の後を追っているように見える。江戸か明治時代のような古風な価値風土にこのアメリカ化グローバリゼーションは奇異に映ってしまう。実際、まだ使える商品を次々捨てて新しいモノを買っていた日本での暮らしを話すと、日本のゴミ捨場よろしく御用済みになったクルマや何やかやを後生大事に使っているフィリピンの人々は私がいかに日本で馬鹿馬鹿しいと感じていたかをわかってもらえる。しかし彼らはまだそういう物質的成熟を経験していない。目の前にニンジンをぶら下げられれば食いつきたくなってしまうのが人情というものだろう。

マテリアリズムが行き着いた先にあるのは、邱永漢氏もYahoo!セカンドライフで指摘しているようにアメリカが率先している実体経済とはかけ離れた株価操作という架空世界だ。日本のバブル経済が土地の値段は絶対下がらぬ前提に立ったのと同じく、United States of Americaという強大な国家は絶対破たんせぬ前提に立っているにすぎない。昨今のサブプライムローンの破たんで株価や為替相場が大きく動いたように、しかし幻想はいつか必ず現実に直面する。バブルはいつか弾けるのである。マネーゲームで稼いだ金は所詮あぶく銭にすぎず、やがては水泡に帰する運命にあるのである。私は、額に汗して得た成果やまじめに頑張った働きは、あぶく銭とは異質の本当のお金だと信じている。なにも日本のモノヅクリを擁護するのではない。世界中を日本のゴミ箱化している日本のメーカーは(買いたくもないのに新車販売に「残価設定型ローン」相次ぎ導入している自動車業界などは特に)もっとまじめにやってもらいたい。

閑話休題。マテリアリズムに感化されているか否かは、フィリピンにおいてはまだまだ地方によってそうとう差があるように思われる。田舎に行けば行くほどモノを欲しがらない。食っていくには困らないし、精神的に満たされているからだ。マニラがいちばんマテリアリスティックだとすると、ここプエルトガレラはちょうどド田舎との中間くらいではないか。マテリアリズムが進むとあぶく銭で儲けようとする輩が増えるわけだが、プエルトガレラでは困ったことに楽して儲けたいフィリピン人気質(というより熱帯全般の気質か?)に観光地、流れ込む外国人と外資という要因もあいまって、あぶく銭商売したがる人が多い。そういう意味では、ここはマテリアリズムが進んだからあぶく銭商売が盛んになるのでなく、あぶく銭商売が盛んになるからマテリアリズムが進むのだといえる。というのは、フィリピン諸民族は基本的に「心」の人たちだからだ。

フィリピンの「心」の文化を物質至上に向けるのも環境保護に向けるのも、携わる外国人次第だと思ったのは、プエルトガレラのVilla Malasinbo(ヴィラマラシンボ)を訪れたときだ。いちど戦に負けただけでころっと魂を米国に売り渡してしまった日本人と違い、300年もスペインに統治されアメリカ、日本に支配されても魂を守り続けたフィリピン人だからちょっとやそっとのことでは動かない。しかしまた、決して自ら率先して動こうとしないのもフィリピン人だ。なかには奇特な外国人もいるもので、自らの資材を投じてマテリアリズムに替わるべきエコイズムの音頭をとっているのがD'Aboville Foundation & Demo Farmだった。

welcome-to-villamalasimbo

D'Aboville氏はフランス人で、Villa Malasinboの研究施設を通じて美しいプエルトガレラにふさわしい地場産業育成を図っているのだった。ちなみに富豪であるD'Aboville氏は、2005年にフランスベースでユネスコをサポートする"Most Beautiful Bays in the World Club"にプエルトガレラ湾が「世界で最も美しい湾のひとつ」と指定されるため巨額を注ぎ込んだ。お金持ちはこうでなくちゃいけない。西欧では(というより少なくともキリスト教圏では)貧富に関わらずこういう慈善は当たり前のこととされるのだが、皮肉屋の東洋人としては氏がこのアクティビティをCRUSADE=十字軍と表現しているところは気になるところだ。

人間様がいちばん偉く、人間様に都合いいように事実を捩じ曲げようとするいわば自分中心主義のキリスト教に、万物相容れるECOの概念が符号するとも思われぬ。最もこれは、決して熱心とはいえぬ仏教徒である私が勝手にというか、自然に持つエコの解釈なのであるが。しかし、エコという言葉自体キリスト教を母体とする西洋から出ているのだから、私が造語した"ECOH!"という概念は人間様が心地良いように自然を調整するECOのあり方とは違うものかも知れぬ。まあ、結果的には似たようなところに帰着するのだが。思想や宗教なんてそんなものかも。

manuel

photo introduction

Villa Malasinboで実際に研究・啓蒙活動を行っているのはフィリピン人のManuel Murillo氏だった。氏はマニラのフィリピン大学で研究生活を送った後、現在は当地のファームマネージャーを務めていて、地場産業育成のために3つの事業推進に取り組んでいた。ひとつが「オイスターマッシュルームの栽培」、もうひとつが「ネスレコーヒーの栽培」、そして「エクストラヴァージンココナツオイルの製造」である。このなかでオイスターマッシュルーム栽培に興味を持った隣家の日本人退職者A氏が呼びかけてこの日のセミナーとなったのだった。参加者は日本人2、チャイニーズフィリピーノ1、フィリピーノ3だったが、日本人が引き金になっているのが寂しい。聞けばこれまで積極的に取り組もうとしたローカル人は無かったようだ。

こういう新しいことにチャレンジしてみないかという話になるといつもフィリピン人は尻込みして手を出さない。その理由を彼らに糺すと決まって「資金がないから」という返事が返ってくるのだが、断じてそんな問題ではない。金がなくてもできることにもトライしようとしない。いつも安易な方に流れようとする。この抜本的な姿勢が解決されない限り、この国はいつまでたっても世界の一流国の仲間入りができないのではないかと思う。良きリーダーがなによりも求められるのである。

oyster-m10