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イノセンスの終着駅へ。(3)
フィリピンの旅の果て
プエルトガレラまでを綴るつもりだったが、
いまはつべこべ語るのはやめにする。
これまでの写真を整理していて、
それらが雄弁に物語っているように思えたからだ。
「イノセントの終着駅へ。(3)」は期せずして写真集となった。
写真を見ていて、
旅とは予期せぬエピソードそのものであって、
いちいち紹介して何の役に立つかとも思った。
フィリピン人には内向きと外向きの顔があり常に揺れ動いていて、
謙虚で正直なひともガラリと変わることがある。
完全に他者に依存して生きているからで、
根底にあるのは持てる者は持たざる者を助けて当然との思いだ。
しかし日本人のテッド伊藤がタガログ語で歌った
「マグヒンタイ・カ・ラーマン」がなぜ
フィリピン史上最大のヒット曲になったかは、
フィリピンを旅して少しはわかった気がする。
「いまは苦しくても、もう少し待てば、
雲のあいだから太陽の光が差し込むだろう」
と歌っているのだと、後になって歌詞を知ったとき、
私は涙が出てくるのを抑えられなかった。
なぜならそれは、
フィリピンの気候風土と人々そのものだったからである。

※写真は辿った旅程の順に並べられています。写真をクリックするとクリアで大きな画像が現れます。


sabang, puerto princesa
パラワン島プエルトプリンセサ・サバンで満月を浴びた

この写真のバリエーションがDL-MARKETでお買い求めいただけます(3,363×4,500pixel)。


mr c
プエルトプリンセサ・ブエナビスタで泊めてくれたCはお礼のお金を受け取ろうとしなかった

buenavista
バランガイ・キャプテンの息子である彼の家にも電気などなかった

c’s kids
私より若いと思っていた彼は実は同い年で、しかし数えきれないほどの子供があった



siquijor boy & flower
シキホール島の井上氏http://www.millionmiler.com/philippines/index.htmlを訪ねると、窓から悪ガキが顔を覗かせて飾ってあったぬいぐるみをねだった

siquijor shore
シキホールの光はパラワン・プエルトプリンセサより美しいのではないかと思われた

cebu bridal3
セブシティで泊まったホテルのフロントレディに妹さんの結婚式の写真を頼まれた

daan bantayan
ダアンバンタヤンはセブ島極北の地でビサヤ地方らしい田舎だった

st fe a
バンタヤン島では我先に船に乗り込み客の荷物を手にしようと男どもが待ち構えていた

st fe b
バンタヤン島のMadridejosで旧日本軍の虐殺を知った後は、こんな僻地でも、と気が滅入った



alaminos
ルソン島の旅では子供のころ慣れ親しんだ日本の風景に出会うことも多かった(パンガシナン州にて)

bolinao kids
海端に住んでいる子供たちは一様に陽気で人懐っこかった(パンガシナン州ボリナオにて)

bolinao men
この親にしてあの子あり、である。ミルクフィッシュがえも言われぬほど旨い土地だった

bolinao sea
ボリナオでも写真を固め撮りしてしまったが、住みたいからではなくて思い出に残したかったからだ

vigan
イロコスノルテ州の古都ビガンは、観光化された名物街の周囲にむしろ風情があった

pagudpud
ルソン島の北岸に達してみると、Pagudpudは美しいが茫漠としていて寂しいところだった

cagayan river mouth
カガヤン河の河口ではあっちこっちで桜えびを干しているのは驚いた。しらすも旨かった

aparri (variation)
河口はアパリという街で、なぜかフィリピンらしくなかった

kalinga
カリンガ州で写真を撮っていると「ヤクは要らないか?」と話かけられた

bontoc
マウンテンプロヴィンス州の首都、ボントックにて

bontoc man (variation)
ボントック族の男は、飽きもせずに私が風景を撮るのをいつまでも見ていた

bontoc ladies
ボントック族は家事も村単位で行う。この主食のキャッサバはこの上もなく旨かった



quezon bro & sister
ルソン島を南に下ってケソン州にて

quezon children b&w

quezon children
ケソンのそれ、兄妹ってやつだった



talisay father
タール湖の畔タリサイでは友のお父さんが椰子の実を振舞ってくれた



puertogalera-a
プエルトガレラにはいつも爽やかな風が吹いていた

puertogalera-b
プエルトガレラにはいつも爽やかな風が吹いていた

verdeislandpassage
海峡を渡って辿り着くところにプエルトガレラの良さがあった



puerto galera wedding
そして私の引っ越しと同時にアランとクリスティの結婚式があったのだ

All the photos above: copyright © 2007 Tetsuya Endo. All rights reserved.

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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

【2007/03/15 15:06】 | フィリピンを一人旅して | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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コメント
こんにちは、Travel Funのエズです!!

自然が綺麗ですね。

「自然の『美しさ』に価値を見出すのは先進国の人間だけだ」とよく言われますが、やっぱりそういう自然を残していって欲しいです。
【2007/03/20 16:17】 URL | エズ #-[ 編集] | page top↑
エズさん、

おっしゃるように、悲しいかな自然が美しいのはそこが低開発であるがためです。後進国といわれるここフィリピンだけでなくそれはカナダの中でも同様でした。暮らしが楽になればなるほど失うものは大きい。親と同じで、亡くして初めて分かるありがたさなのかも分かりませんが、資産を増やすことばかり考えてる連中が自分の回りの自然に価値を見出すことができない一方で、そこに暮らす貧乏人はその『美しさ』がよく分かっていることを忘れてはならないと思います。旅で出逢って、感動を与えてくれるのは、そういう人たちが多いです。
【2007/03/20 19:45】 URL | Ted #pWFfZr4M[ 編集] | page top↑
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