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「ちょっと昔の暮らしに戻る時代」はそこまで来ている。
いま世の中がどうなるかについて、まことに共感するとともに勇気づけられる記事を発見した。米国中心の米国型経済は終わりを告げるとするもので、『田中宇(たなかさかい)の国際ニュース解説』の2008年7月8日付「米英金融革命の終わり」という記事だ。いつも最もだと思うことの多い邱永漢氏は、Yahoo!セカンドライフでこう述べていた。「アメリカが借金をしている相手の国の稼いだお金まで集めて、お金でお金を生む商売にうつつを抜かすビジネスに転業したのです。マンハッタンを覗いて見て下さい。やっていることと言ったら、お金で株価を押し上げる仕事ばかりです。押し上げるだけ押し上げてそこで息切れしたら、選手交替です。株価さえ上がれば、株を持っている人は一見、絵に描かれた餅に見えますが、それを他人に肩代わりしてもらうことができます。ですから株価を押し上げることが金持ちになる早道だということになってしまいました。このやり方はいち早く日本にも輸入されて金持ちへの近道として若い人たちに受け入れられています。」だが、この実世界とは一線を画した、株価操作による架空世界ビジネスは、もはや終わりを迎えているというのだ。

田中氏は、英銀行協会のスティーブン・グリーン会長の言を引き合いにこの説を唱える。政治的であることに関しては人後に落ちぬ英国権力者を鵜呑みにはできぬが、私と同年の氏が、日本の会社社会から直観的に考えていたことを補うため英銀行協会会長を担ぎだしたのなら納得できる。しかし、グローバライゼーションの結果、中国、ロシアをはじめ多極化した発展途上の国々で、米国が率先してきたのと同様の経済発展が行われるとは私は思わない。米国の経済発展の法則は「マテリアリズム」そのものであり、私は米英金融革命の終わりはマテリアリズムの限界だと捉える。これには、これからまさに発展せんとする第三世界に住む者として根拠があって、ひと言でいってしまえば、いくらモノを売りつけようとしても低賃金であるために国内消費がままならないということだ。フィリピンに暮らしてみればわかるが、平均給料は驚くほど安く、極限まで安い中国製でも工業製品はとても手が出る代物でなく、一般庶民はみんな借金して購入しているのが現状だ。これは先進国が経済格差を利用してきたからで、これが崩れたら先進国の生産システムは成り立たなくなってしまう。日本が高度成長した頃とは違って、先進国を基準としたモノの値段が、とんでもない次元まで高まってしまっているのだ。しかも、インフレはまだまだ続いている。かつての日本のように給料も同時に上がっていくことはない。

そこで消費の側に回るのは、やはり依然として先進国側となる。Yahoo!セカンドライフで、2008年8月20日に「この冬、アメリカ経済最大の危機を迎える ?」として春夏秋冬さんも述べている。「アメリカ経済の混乱によって最も影響が出るのは、間違いなく中国経済です。オリンピック後の急激な縮小懸念のある中国経済は、アメリカ国内の実需の減退によって計り知れない打撃を受けることはまず間違いありません。その結果、中国経済において信用収縮が急激に起こり、華やかな資本主義化は終焉を迎える可能性もあります。北京オリンピックでのアメリカへの急速な接近姿勢が話題となっていますが、もはや経済的にはアメリカと中国は生産と消費、マネーフローの同盟国として表裏一体の関係にあります。現在の中国株式市場の低迷は、企業業績と将来性への正当な評価と言え、それを支えるのは投資資金の拡大ではなく実需であるということを示していると思います。」米国内の消費なくして、中国の経済発展はありえないということだ。フィリピンしかり、多極化といわれるどの国においてもしかりだと思う。

このことが何を意味するか? マテリアリズムの終焉というパラダイムを迎えようとしているとしかいいようがない。実は、先日いらしたお客様ともそういう話になった。何かが起こるね、もうすぐ。きっと日本はこのままズルズルいくよ。でもフィリピンは大丈夫だ。だって、日本人みたいにハイレベルの生活に慣れてないから、いつだって昔の生活に戻れるもん。本当なのだ。サステイナブルな暮らしなんて豊かな自然の熱帯ではカンタン。よくいえばシンプル、わるくいえば原始的なライフスタイルを送っているから。別の日本からいらしたお客様は、最近クルマを買ったと話され、購入に至るまでの商品選びを熱心に説明された。個人的欲求を満たすために、フィリピンでは考えられないような微に入り細に入った商品精査の過程があった。ああ、これが今の日本なのだなと思った。私も日本にいたときいつもそんな過程を繰り返していた。そしてあたかも一つの「物語」のように語りたがった。考えてみれば友人同士の会話といえば、そんな話題ばかりだった。それしか仮託できる自分がなかったからな。街から街を徘徊し続け、いくらレアな腕時計を手に入れることができても、心の隙間は埋められない。ショーケースを覗き込むとき、いつも頭の中に井上陽水やMr Childrenの曲が響いていた。
追記:上記記事に写真を加えて「イザ!ブログ」に再掲載しました。
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【2008/08/25 18:55】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(1) | コメント(0) | page top↑
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