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私が立っている場所。
こんなところでこんなことをなぜ私がしているのかというと長い説明を要する。おそらく一冊の本になってしまうだろう。日本のフィリピンパブで出会った女性を追いかけてここまで来てしまった、というよくあるパターンとは無縁なだけに、自分でもなぜ今この地にいるのか不思議な気がする。しかし人生なんてそんなものだろう。

とにもかくにも、私は2005年7月1日にカナダのバンクーバー空港からマニラ空港に家財道具一式を持って降り立ったのである。もちろん偶然だけで来たのではない。東京、バンクーバーで出会ったフィリピーノ、フィリピーナの影響は大きい。いま考えれば彼らはフィリピン社会でも良質な部類に属する人々であったが、なんていい奴らなんだと思った。人間として魅力的だったのだ。

彼らのなかのひとりが「フィリピンでは年間20万円もあれば暮らせる」といっていたのも大きかった。昨今はインフレが激しいこともあって、その言葉は少し大げさな表現であった。が、しかしカナダの大自然とそこで暮らす人々と出会って、北米で広告ディレクターとしてのし上がってやろうという野心が消え失せていた自分には物価安は魅力的だった。

加えて、カナダでいちばん暖かいバンクーバーでも冬の朝は身体の節々が痛んだことが気になった。卑近な話だが、かの地ではベッドのなかで“朝立ち”も起こらなかった。なにか活力が沸かない地であった。

フィリピンは簡単に移住ができる国のなかで唯一英語を公用語としていた。私は広告企画制作分野で育ったので、なんとかそれを異国で応用したいと考えており、英語が通用するのはマストだった。そういうわけで、カナダからフィリピンに引っ越してすぐさま永住ビザのSRRV(特別居住退職者ビザ)を取得してしまった。
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【2007/02/27 17:43】 | ポストマテリアリズム(フィァッピー) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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