|
そもそも一度もフィリピンに来たことがなかったのに移住しようと思ったのは、東京とカナダで出逢ったフィリピン人たちがあまりにいい奴らだったからだ。サービス精神に溢れ、ホスピタリティに富んでいる。心が豊かなのだ。こんな風に人生を楽しもうとする人たちが育った国はどんなところだと思った。世知辛いマニラ圏(メトロマニラ)に1年住んでみて少し印象が違ったけれど、それでも“いい奴ら”に出逢うに不自由はしない。メトロマニラには全国各地から人が集まってきているため、タガログ族に加えてヴィサヤ地方出身者、イロカノ族、パンパンガ族、中華系等々フィリピン民族の坩堝だ。そういう中で親切な人々は、地方出身者に多いような気がする。貧しくて助け合って生きているからで、しかし残念ながら「金、金」の環境で生活しているので「親切」には打算が働きがちである。ミンダナオ島サンボアンガから出てきた男に嫁さんにはどの地方出がいいか訊いたら、ルソン島北部だといった。貧しく遅れているので慎ましやかで男の前に出しゃばることなく、しかも料理がうまいという。私も同地方を旅したが、内気なひとが多く外国人にはどうかと思った。メトロマニラでは夜の街でフィリピーナに接し、それが首都圏のホスピタリティだと思う諸氏もおられるだろう。飲食店に入っただけでフィリピン人の厚いホスピタリティの一端に触れることも多いが、そこで働いているウェイトレスたちは年端もいかぬ少女であることが多い。日本の中高校生くらいの年齢だろう。学校にも行かず(行けず)働いている様子を見ていると、ホスピタリティってこれくらいの歳で養われるんだなと思う。何不自由なく育っていたのでは、人への優しさとか思いやりって、生まれないんじゃないか。下の写真はマカティのリトルトーキョーで撮影したもの。カメラを向けると、レンズを真っすぐ見つめ返してくる、健気な姿がありました。
プエルトガレラも観光地だからいろいろな地方からフィリピン人が集まってきているが、真に親切な人となると地元出身者であることが多い。地方出の人たちはマニラに輪をかけて職がなく、マニラ並に物価が高いプエルトガレラで四苦八苦して暮らしている。ならマニラに出た方がましではないかと思われるのだが、肝っ玉が小さかったり、田舎者を捨てきれぬ者が居着いている。メトロマニラと違うのはこの地がより四面をタガログ族に囲まれていることで、地方出身者たちはどちらかというと孤立している。一方、何代もこの地に暮らしていたり近隣から移り住んだタガログの人たちは、連携しているばかりか土地や持ち家もあり(実は元々先住民マンヤン族の土地だったのだが)、生活していくに不自由しないので心に余裕がある。そういうわけで生粋の“プエルトガレリアン”のホスピタリティは無垢なものである。生活に余裕があるという点では外国人の奥様、愛人様(なぜかヴィサヤやビコール等出身であることが多い)も同じなのだが、残念ながら“お隠れ”になっていることが多い。タガログの人たちはコンサバでトラディショナルなフィリピン民族の中でもその最たるもので、自分たちのやり方を曲げようとせず、安易に妥協しようとはしない。しかし、まず“形”から入る彼らのやり方を重んじて、目立たないようにしていれば、自然にアウトサイダーを気遣い引き立ててくれる。正直、ヴィサヤン(ヴィサヤ地方諸民族)より取っ付きにくくてちょっと苦手なのだが、友だちになれば長いような気もする。上の写真はハイスクールの卒業記念に仲間とビーチにBBQに来ていた女の子をパチり。彼女にしても、見知らぬオジサンに写真撮られるとき「形」から入ってます、、、。というわけで、何ごとも対立、対決から始まるフィリピン文化なのではありますが、どこもいいところあるフィリピンどうしを比較するのも馬鹿らしくなってきて、ドロー。パチパチ。 ※掲載写真はphotolibraryでお買い求めいただけます。「フィリピン穴場対決キャンペーン」は左欄カテゴリーの[フィリピン穴場対決]VSプエルトガレラでご覧になれます。 |
|
|
|
トラックバックURL
→http://puertogalerawedding.blog95.fc2.com/tb.php/338-b6a154eb この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) |
|
| ホーム |
|


































