私たちのプエルトガレラウェディング速報(チャーチ挙式篇)。
まったく予想外のことが次々起こった。昨年12月6日に、挙式前の最終セミナーを受けたときには、1月3日の午後3時に挙式の申し込みをしたのは私たちだけで、もう締切りなので確定だと教会側はいっていた。というのは、普通の挙式はいちどに3組まで受け付けるので、1組だけで行ないたい私たちは「他のカップルが申し込んだら知らせてくれ、他の時間帯にずらし特別の挙式を申し込むから」と伝えてあったのだ。これで安心していたら、暮れも押し迫った頃に、妻がマーケットで同じ日の同じ時間に挙式するカップルがいると聞きつけてきた。悪い予感がした。

彼女が教会事務所に確かめにいくと、案の上というか、すでに私たちも含め3組のカップルが同時に行うことになっているといい、別の時間帯に変えてくれというと、牧師の予定が詰まっていて無理だという。おそらく牧師のビジネスを優先させたいがために、無理矢理3組詰め込んで、しかも私たちに知らせなかったのではないか? あのお高い事務員が、アイムソリーといったという。かくなるうえは、教会内で3列のうち中央の列をくれというとOKだという。だが、あてにはできない。こんな裏切りをされたのだから、こちらも、強要された教会との約束を守らねばならぬ所以はない。

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式当日になると、なんとベストマン役のエディから、義父が脳卒中で倒れ危篤だと連絡が入った。参列できないという。それどころか、彼の娘のエンジェルアンもフラワーガール役をやらせられないという。義妹の息子も同様だ。…困った。エディの代役は彼が見つけるというが、子供らの代役を探さねばならぬ。だが、式はもうこの午後だ。万事休す、と諦めかけたが、妻の兄の息子がバクラ候補(?)であることから、彼にフラワーガールの代役を務めさせることにしたのだ!! 上はその写真。こんなことがあっていいのだろうか? フィリピンだからこそ、許されるのだろうか、、、?

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ともあれ、なんとかカタチだけはカトリック式を保とうと獅子奮迅。牧師の前での立ち居振る舞いは、すべて彼女の耳打ちに従って見よう見まねで行った。通常タガログ語で行われる、牧師からの問いかけも特別に英語でやってくれたが、わかりにくい単語、発音があって、しどろもどろに反復してようやく切り抜けた。だが、そうした馴染みのない儀式を、なんとかこなした達成感は大きかった。宗教的な真摯さは、教義が違えど同じではないか? だからこそひとは謙虚になれるのではないか?

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牧師が去り、結婚の契約書にサインすると、すでに5時頃になっていた。あわわ、みんなには4時頃にレセプションパーティを始めるといっていたのに。30分位でセレモニーが済む筈だったのに、3組だったので3倍以上の時間がかかってしまったのだ。レセプション会場のナグラリゾートで待ってくれている人を思うとイライラする。だが、イライラしてもしょうがない、ここはフィリピンだ、、、。続いて、フィリピンではお決まりの記念撮影となった。人を変え変え、何度も何度も写真を撮る。すると、いままで一人だったこと、47歳で結婚する感激が溢れて、涙が溢れ出てきてしまった。男泣きに泣いた。

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上の写真は妻の両親である。そして、下はニナンたちで、ソフィア(大家さん)と故名倉夫人ウェリン、妻の母の友フィロミナ。いちばん左は妻の義理の伯母。その下の写真は、役付きをやってくれた人たちや参加してくれた人たち。みんな、家族及び親類縁者と親しい人たちである。結局、エディは式には来てくれた。私の側からの人たちが少ないのは寂しいが、いたしかたない。音信不通の親戚から離れたった一人でフィリピンへ来て、プエルトだってたった2年半なのだから。むしろ、日本で家族を失った私が、フィリピンで家族を持つことができて、心からありがとうといいたい。

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追記:
書き忘れましたが、私たちだけ祭壇で使用する蠟燭がなく、入場直前に必要だと告げられ義妹が飛んで買いにいきましたが、細すぎて挙式中にまた教会を出て調達してきました。他の2組はきちんと揃えていたのはなぜ? プエルトガレラ・サンタマリア教会の不親切さはあきれるばかりです。「特別挙式」でなく「普通挙式」だったので、教会に支払う費用は2,000ペソで済みましたが。

不手際は教会側だけでなくて、身内の側にもありました。あてにしていたファーストフォトグラファーの義弟、デクスターが、挙式前から姿を消してしまったのです。どういうわけか挙式の途中からは姿を現しましたが、私のカメラプランはおじゃんです。親族が代役を務めましたが、フラッシュを焚くことさえ知らぬ始末。後で聞くと、養子であるデクスターが両親に反抗していたとのこと、、、。フィリピンでは人をあてにしてはいけません。

テーマ:ウェディング - ジャンル:結婚・家庭生活

【2009/01/09 19:13】 | フィリピン人との結婚への道(実体験) | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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