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レセプション会場であるナグラビーチリゾートに私たち新郎新婦が着いた時には、もう午後5時半頃になってしまっていた。日本人的甘えで、こんなに遅れたら“誰か”が気をきかしてドリンク位は参加者にふるまってくれているだろうと“期待”していたが、もちろん大きな間違いだった。もとより、エホバの証人の方々にはコックを頼んでいたのであって、サービスを頼んでいたのではない。ウェディングサービスをお届けする自分たちが、自分たちの手で自分たちのウェディングを演出した盲点だった。
![]() ゲストの方々は何も口にせず、私たちの到着を1時間以上も待っていてくれている。申し訳なくて、席に着くなり皆さんに、何はともあれ料理を皿に盛って食べてくださいと声を張り上げた。見ると、料理はちゃんとできている。自分の変わりとなるサーブ役、もてなし役を設けていなかったことを悔やんだ。だが、料理は、数、量とも数十人の人たちには十分行き渡るようで安心した。義父が倒れたことから、いちばんの友だちのエディの一行の姿はなかったが、声をかけたローカルの友人たちの姿がぽつぽつと見える。 ![]() だが、意外なことにというか大変残念なことに、もうひとりの友だちだと思っていたニノンを務めたオーリー、及びデニスが、自分らの食事を済ますと、私たちに声もかけずにさっさと帰ってしまったのだ。俺は金がないからギフトなど送れないから、その替わりに何かお手伝いするといっていたのに。彼に、みんなに酒をすすめてくれと声をかけたが、無視したうえ何か土産はないかと妻に聞いて、なんと帰ってからは携帯に酒のつまみを分けてくれとテキストしてきたというではないか! どさくさにまぎれた火事場泥棒のていである。 ![]() ![]() ![]() ニノンたちがこんな風だから、大半のローカルの友人たちは、食事を終えると潮が退くように帰ってしまった。結婚式は人々をもてなすためにあるのか、自己満足のためにあるのか? 異国に住み着いて海外ウェディングで、この大きな課題に気づかされてしまった。ウェディングの究極の問いであるように思われる。もてなす「人々」とはいってみれば「他人」であるし、自己満足の「自己」とはいってみれば「身内」のことで、社会的しがらみの薄い異国で結婚式を挙げるなら、断然クローズドの「身内」婚にすべきだと思う。 フィリピン人との結婚への道(実体験)の記事の中で述べてきたように、地元のプエルトなどなるべく多くの友人に参加してもらいたかったが、私の付き合いの薄さが露呈してしまったかのようだ。ふだん調子良く振舞っているフィリピン人たちも所詮それだけで、ローカルと同じように振舞おうとしてもいまだに自分は外国人なのだと再認識させられた。妻も、実家のタギグのようにプエルトでも友人に囲まれ夜遅くまで祝えると思っていたのでガッカリした。また、テーブルいっぱいに沢山の花を飾るつもりだったのが、当日風が強いという理由で勝手にプエルト式にノーフラワーになってしまっていた。 ![]() ![]() うれしかったのは、PGWグッズをいっしょに作っているイラヤ族(マンヤン)の人たちが、遠路バクラヤンから大勢で来てくれたことだ。彼女たちは午後2時頃から来て7時頃までいて楽しんでくれた。しかも、パーティの始まりには私たちの席に足を運んで、心尽くしのマンヤンプロダクトとともにお祝いの言葉をかけてくれた。妻もいっているが、プエルトでいちばん差別され貧しいマンヤンの人たちがいちばん常識的だった。私は、友人たちの節度ない行ないは、外国人を金の成る木としか見ていないひとつの側面であるように思えてならない。 ![]() ![]() 夜が更けると、ほとんど親族だけのパーティの場となった。最初から家族、親戚とごくごく少数の友だちだけの内輪のレセプションに徹すれば良かったな、と思う。顔見知りだけのパーティは、そら楽しい。費用も安上がりだ。今回は、ガイジンによるリゾートウェディングとローカルの地縁的なウェディングの両方欲張ったこともあり、予算10万ペソ以内(準備費用も含む)だったのに確実にオーバーしてしまった。これは全て自前でサービス料金を含まぬ費用なので、プエルトガレラウェディングは、やはり、一切合切含めて15万ペソ(日本からの渡航費用除く)位は見ていただければと思う。 |
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